第13話
文字数 1,223文字
壁際のスイッチを押し上げると、天井の蛍光灯が数回の明滅を繰り返して点灯した。幾分古びた蛍光灯から低い振動音のようなものが聞こえる。
両手で抱えていた麻袋を床に下ろす。
棚には大小の小物やカフェで使用する食器の予備が箱に入れられたまま並んでいた。
倉庫の奥には、たった今運んできたものとは産地の違うコーヒー豆がそれぞれ立てかけられている。
「ずいぶんと遅くなったな」
腕時計で時間を確認したカミル・フランクは、少し驚いた声で呟いた。
新しく仕入れた豆の焙煎がうまくいかず、あれこれと試作をしていたらすっかり日が暮れてしまっていた。
遅くなったついでとばかりにカミルは倉庫の片づけを始めた。
不用品をゴミ袋へ放り込み、あらかた片づけを終わらせると裏口へ向かった。店専用のボックスへゴミ袋を突っ込む。店へ戻ろうと振り返るとドアのところに人影をみつけた。
驚きのあまり思わず飛び上がってしまったが、知った顔であることに気づくとカミルは胸を撫で下ろして笑った。
「こんな時間まで明かりが点いていたから心配させたのかな」
かじかむ手に息を吹きかけながら裏口のドアへ向かう。
凍みた通路はカミルの足音に合わせて薄氷を割る音を立てた。
カミルの店がある通りは、夜の十一時を過ぎると昼間の喧騒が嘘のように静になる。時折、どこかの飼い犬が思い出したように吠える。
「心配をかけたお詫びにコーヒーをごちそうするよ。そうだ。新しい豆の焙煎を試しているところなんだけど、感想を聞かせてもらえるとうれしいな」
カミルは店の中を指差した。
すると、カミルの上着の内ポケットから着信を知らせるメロディが流れ出した。
「はい……どうした、……え、忘れ物? それを今気づいたのかい。ポーチだね。みつけたらカウンターの下に入れておくよ。……すまないね。話の途中、で、え……? ――なッ……――ゴフッ……ゥッ」
カミルは、一瞬自分の身に起きたことが理解できなかった。
疑問を口にしようとしたが言葉にならず、どろりとした妙な擬音が耳に届く。それを理解したとき、驚きと痛みはほぼ同時に襲ってきた。
慌てて痛みの元である喉を押さえた。
限界まで冷えた手ではすぐにそれが自らの血であるとわからなかった。
押さえる指の間や掌の下から鮮血がどくどくと溢れてくる。立っていられずカミルは堪らず膝を折った。血は手首を伝い、上着の袖口から覗く青いシャツを赤く染め上げながら肘へと下りた。
カミルの上体がぐらりと前へ倒れ込む。喉から離れた両手は力なく凍みた通路に投げ出された。血まみれの指先に薄氷がまとわりつく。
倉庫の明かりを背にした影がゆっくりと俯いた。見下ろした先のカミルの口元からはやがて吐く息が消えた。灰色がかった青い瞳からも彩(いろ)が消えた。
影が腕を振ると、花のついた枝がぱさりとカミルの背中に落ちた。
ゆっくりと踵を返した影は薄氷を踏みしめて立ち去る。
ぱきん、ぱきんと乾いた音を立てながら。
両手で抱えていた麻袋を床に下ろす。
棚には大小の小物やカフェで使用する食器の予備が箱に入れられたまま並んでいた。
倉庫の奥には、たった今運んできたものとは産地の違うコーヒー豆がそれぞれ立てかけられている。
「ずいぶんと遅くなったな」
腕時計で時間を確認したカミル・フランクは、少し驚いた声で呟いた。
新しく仕入れた豆の焙煎がうまくいかず、あれこれと試作をしていたらすっかり日が暮れてしまっていた。
遅くなったついでとばかりにカミルは倉庫の片づけを始めた。
不用品をゴミ袋へ放り込み、あらかた片づけを終わらせると裏口へ向かった。店専用のボックスへゴミ袋を突っ込む。店へ戻ろうと振り返るとドアのところに人影をみつけた。
驚きのあまり思わず飛び上がってしまったが、知った顔であることに気づくとカミルは胸を撫で下ろして笑った。
「こんな時間まで明かりが点いていたから心配させたのかな」
かじかむ手に息を吹きかけながら裏口のドアへ向かう。
凍みた通路はカミルの足音に合わせて薄氷を割る音を立てた。
カミルの店がある通りは、夜の十一時を過ぎると昼間の喧騒が嘘のように静になる。時折、どこかの飼い犬が思い出したように吠える。
「心配をかけたお詫びにコーヒーをごちそうするよ。そうだ。新しい豆の焙煎を試しているところなんだけど、感想を聞かせてもらえるとうれしいな」
カミルは店の中を指差した。
すると、カミルの上着の内ポケットから着信を知らせるメロディが流れ出した。
「はい……どうした、……え、忘れ物? それを今気づいたのかい。ポーチだね。みつけたらカウンターの下に入れておくよ。……すまないね。話の途中、で、え……? ――なッ……――ゴフッ……ゥッ」
カミルは、一瞬自分の身に起きたことが理解できなかった。
疑問を口にしようとしたが言葉にならず、どろりとした妙な擬音が耳に届く。それを理解したとき、驚きと痛みはほぼ同時に襲ってきた。
慌てて痛みの元である喉を押さえた。
限界まで冷えた手ではすぐにそれが自らの血であるとわからなかった。
押さえる指の間や掌の下から鮮血がどくどくと溢れてくる。立っていられずカミルは堪らず膝を折った。血は手首を伝い、上着の袖口から覗く青いシャツを赤く染め上げながら肘へと下りた。
カミルの上体がぐらりと前へ倒れ込む。喉から離れた両手は力なく凍みた通路に投げ出された。血まみれの指先に薄氷がまとわりつく。
倉庫の明かりを背にした影がゆっくりと俯いた。見下ろした先のカミルの口元からはやがて吐く息が消えた。灰色がかった青い瞳からも彩(いろ)が消えた。
影が腕を振ると、花のついた枝がぱさりとカミルの背中に落ちた。
ゆっくりと踵を返した影は薄氷を踏みしめて立ち去る。
ぱきん、ぱきんと乾いた音を立てながら。