第4話
文字数 1,531文字
朝――。
先に目覚めたのはレナだった。
横で寝息を立てているルイスの襟足を指先で撫でる。昨夜噛みついてできた暗褐色の痣が生々しいが、それでもレナは嬉しくて、そろりと痣に唇を寄せた。
「あたしはね、ルイス。アンタが思っている以上に結構愛してんのよ?」
それがなぜだかうまく伝わらない。表情ひとつ取っても、ルイスと比べてレナの方が遥かにわかりやすいのに、いざ言葉にしようとすると難しい。
さらりと口にすれば軽すぎるし、きちんとした言葉を選ぶと重すぎる。ほんとうに難しい。
それでも求められればいくらでも愛してると答えているし、折に触れ、大切な存在だと言っているのに、なんだかルイスにはそれが伝わらない。
「アンタこそどう思ってんのよ。むしろそっちに問題があるんじゃないの? こ~んなに愛してるって伝えてるのにっ」
ルイスが抱える問題にはレナも気づいている。子供じみた嫉妬心をいつまでも引きずっているのだ。
実父ベンジャミンへの嫉妬だ。
灰色の冷たい世界から自分を救ってくれた恩人。レナの脳裏に古く掠れた記憶が浮かび上がる。無機質な世界だったが、そんなに嫌いな場所ではなかった。腕っぷしには自信があったレナは、乱暴な男の子たちにびくびくする必要もなかったから。
「義父さんのことは大好きよ。それは変わらない。まあ? 確かに初恋は義父さんだけど」
痣を指先でなぞりながらレナは小さく笑った。
「アンタはまだ疑ってる。あたしの心はとっくにルイスのものなのに」
「俺は卑怯者だから」
ぼそりと声が聞こえ、ルイスがごそごそと身体の向きを変えた。レナと向かい合い、昨夜の甘さが嘘のような沈んだ表情を浮かべる。
レナはルイスの頭を抱きしめ、「あたしはもう気にしてない」とそっけなく答えた。ほんとうのことだから。
しかしルイスは違った。許しを乞うようにレナに縋りついた。
「冷えるよ」
大きくずれてしまったブランケットを掴み、むき出しになっているルイスの肩にかけてやる。
「ルイスはまだ子供だったし、なにもできなかったからって誰も責めたりしない。もしもそんなヤツがいたら、むしろこのアタシがぶん殴ってやるから。だから気にしないでいいの。記憶からすっぱり消し去ってよ」
「誰も責めないから辛いんだ。あの時のレナのひどい姿が忘れられないし、そこから逃げ出した事実は消えない」
「まったく誰に似てそんなにまじめなの。ベンじゃないからエマかな。――あの時逃げたとしても、ルイスがあたしを救ってくれた事実もあるってこと、ちゃんと自覚しておいてね」
姉弟として育った経緯があるせいか、年下の恋人にはどうしても甘くなる。
「レナが俺を愛してくれるなんて、本当に……奇跡なんだ」
少し拗ねたような声でつぶやくルイスの背中をレナは擦った。ベンジャミンに叱られてベソをかいていた頃のように。
「奇跡とか大げさ過ぎ。それを言うなら、あの日、ベンがあたしを選んでくれていなかったら、ルイスがベンを父親に選んで生まれてこなかったら、あたしたちは出会えていなかったのよ? 神様に感謝しなきゃね」
「レナらしい答えだ」
「つらかった時期にあたしを支えてくれたのはアンタよ。ルイスがいなかったら、今頃ヤク漬けのジャンキーか娼婦になっていたかも」
ふふっと笑う。
レナはわかっていた。自分の方がルイスに縋っていることを。
ルイスが求め続けてくれたから生きてこれた――ルイスはいい加減そのことに気づいていいはずだ。家族は血ではなく絆で結ばれているということを。
「ルイスはもちろん恋人だけど、あたしにとって何ものにも代えがたい家族なの。つまらない嫉妬であたしを悲しませないで」
先に目覚めたのはレナだった。
横で寝息を立てているルイスの襟足を指先で撫でる。昨夜噛みついてできた暗褐色の痣が生々しいが、それでもレナは嬉しくて、そろりと痣に唇を寄せた。
「あたしはね、ルイス。アンタが思っている以上に結構愛してんのよ?」
それがなぜだかうまく伝わらない。表情ひとつ取っても、ルイスと比べてレナの方が遥かにわかりやすいのに、いざ言葉にしようとすると難しい。
さらりと口にすれば軽すぎるし、きちんとした言葉を選ぶと重すぎる。ほんとうに難しい。
それでも求められればいくらでも愛してると答えているし、折に触れ、大切な存在だと言っているのに、なんだかルイスにはそれが伝わらない。
「アンタこそどう思ってんのよ。むしろそっちに問題があるんじゃないの? こ~んなに愛してるって伝えてるのにっ」
ルイスが抱える問題にはレナも気づいている。子供じみた嫉妬心をいつまでも引きずっているのだ。
実父ベンジャミンへの嫉妬だ。
灰色の冷たい世界から自分を救ってくれた恩人。レナの脳裏に古く掠れた記憶が浮かび上がる。無機質な世界だったが、そんなに嫌いな場所ではなかった。腕っぷしには自信があったレナは、乱暴な男の子たちにびくびくする必要もなかったから。
「義父さんのことは大好きよ。それは変わらない。まあ? 確かに初恋は義父さんだけど」
痣を指先でなぞりながらレナは小さく笑った。
「アンタはまだ疑ってる。あたしの心はとっくにルイスのものなのに」
「俺は卑怯者だから」
ぼそりと声が聞こえ、ルイスがごそごそと身体の向きを変えた。レナと向かい合い、昨夜の甘さが嘘のような沈んだ表情を浮かべる。
レナはルイスの頭を抱きしめ、「あたしはもう気にしてない」とそっけなく答えた。ほんとうのことだから。
しかしルイスは違った。許しを乞うようにレナに縋りついた。
「冷えるよ」
大きくずれてしまったブランケットを掴み、むき出しになっているルイスの肩にかけてやる。
「ルイスはまだ子供だったし、なにもできなかったからって誰も責めたりしない。もしもそんなヤツがいたら、むしろこのアタシがぶん殴ってやるから。だから気にしないでいいの。記憶からすっぱり消し去ってよ」
「誰も責めないから辛いんだ。あの時のレナのひどい姿が忘れられないし、そこから逃げ出した事実は消えない」
「まったく誰に似てそんなにまじめなの。ベンじゃないからエマかな。――あの時逃げたとしても、ルイスがあたしを救ってくれた事実もあるってこと、ちゃんと自覚しておいてね」
姉弟として育った経緯があるせいか、年下の恋人にはどうしても甘くなる。
「レナが俺を愛してくれるなんて、本当に……奇跡なんだ」
少し拗ねたような声でつぶやくルイスの背中をレナは擦った。ベンジャミンに叱られてベソをかいていた頃のように。
「奇跡とか大げさ過ぎ。それを言うなら、あの日、ベンがあたしを選んでくれていなかったら、ルイスがベンを父親に選んで生まれてこなかったら、あたしたちは出会えていなかったのよ? 神様に感謝しなきゃね」
「レナらしい答えだ」
「つらかった時期にあたしを支えてくれたのはアンタよ。ルイスがいなかったら、今頃ヤク漬けのジャンキーか娼婦になっていたかも」
ふふっと笑う。
レナはわかっていた。自分の方がルイスに縋っていることを。
ルイスが求め続けてくれたから生きてこれた――ルイスはいい加減そのことに気づいていいはずだ。家族は血ではなく絆で結ばれているということを。
「ルイスはもちろん恋人だけど、あたしにとって何ものにも代えがたい家族なの。つまらない嫉妬であたしを悲しませないで」