第5話
文字数 1,661文字
凍えるような寒い朝。
真っ白な霜が、路地の片隅に咲く小さな青い花をすっぽりと覆っていた。
薄く張った氷の上に、色を失った細い腕が投げ出されている。白とピンクの可愛らしいマニキュアが、固まって動かない指先を彩っていた。
モノクロの石畳の上に、ピンク色の花が満開に咲いているようだった。天を仰ぐ白い顔。今にも語り始めそうな形の良い唇。花弁のように見えるのは彼女のコートだった。タフィーピンクの可愛らしいコート。
そして路上に散りばめられた赤い――赫い染み。
***
四人目の被害者が出た。
ローランから連絡を受けたルイスが現場に駆けつけたときには、死体袋へ入れられた被害者がストレッチャーに乗せられてモルグへ搬送されるところだった。
「社員証がバッグに入っていたから身元は判明してる。テーゲル在住のテクラ・ショーダー、二十六歳。さっき職場に確認したら、昨日は定時に退勤したって」
証拠袋に入れられた社員証を差し出しながらローランが話す。ルイスはそれを受け取り、社員証に収まっている証明写真のテクラを見た。
「若くてきれいな女性だな」
「アパレル関係の職場ってことで服装もバッチリだったよ。ショート丈のコートはオーソドックスなデザインだけど流行りのピンクを選んでる。もっと早く、会いたかったな」
「衣服に乱れは」
同僚の軽口に反応することなくルイスは続けた。反論を期待していたらしいローランが横で肩を竦める。
「ない。レイプ検査はするだろうけど、ざっと見た限りではそれはないね。遺棄されたときにできた程度の乱れってところ。心臓一突き、それから喉を裂く。おんなじ犯人に違いないと思うよ。それはそうと」
急にローランの声が小さくなる。ルイスは訝るように相棒を見た。
「気になるものが被害者の持ち物から出てきたんだけど」
もったいぶった物言いにルイスが眉を顰める。
「なんだ」
「うーん。偶然だと思いたいんだけど、出てきたんだよね。レシートが」
「だからなんだ。はっきり言え」
これ、とローランがコートのポケットから社員証とはべつの証拠袋を取り出した。
「手帳?」
袋の中には一冊のスケジュール帳が入っていた。ごく普通の、二十代の女の子が手にしそうなデザインの手帳だ。
白手袋をはめたローランの手が証拠袋を開ける。手帳を取り出し、あるページを開いた。
十一月のページに、一枚のレシートが貼付されていた。お金の管理にしてはレシートの枚数が少ないし、スケジュール帳でそれを行うとも思えない。
考え込み始めたルイスの視線が、レシートのロゴマークにくぎ付けになる。
「本と小鳥を組み合わせたロゴってレナの店のだろ? それと、その走り書き」
ローランの指が、とんとページを叩いた。そこには、『夕方 古書店に寄る』とあった。
「日付が昨日になってるよな。ってことは、とりあえず今回の被害者とレナは面識があるってことになる」
ルイスは、喉の奥が急激に乾燥していくのを感じた。嫌な予感がする。
「偶然じゃないのか」
わずかに声が震えたが、幸いローランは気づいていない。
「被害者の勤務先ってノイケルンにあるんだよね。レナの店とは通りが一本違うだけだし」
「なおさら偶然ってことも考えられるだろ。勤務先が近ければ買い物することだってあるんじゃないのか。レナの店は特定のジャンルしか扱ってるわけじゃないから誰でも入れる」
「だけどな、ルイス。もしも、テクラが古書店に寄ったのが最後なら、生きている彼女に会ったのはレナが最後ってことだろ」
「昨日は」
そう言ってルイスは思い出した。
レナは店の前に立っていて、誰かを待っているようだった。ルイスが気づいて手を振ると飛びついてきた。珍しく。そしてゆっくりとレナの言葉を思い出す。常連の女の子の話だ。
ローランに恋をしているという女の子。――しまった、名前を聞いていない。ちらりとローランを見る。ローランは風でほつれた髪を少しイラついたように撫でつけていた。
真っ白な霜が、路地の片隅に咲く小さな青い花をすっぽりと覆っていた。
薄く張った氷の上に、色を失った細い腕が投げ出されている。白とピンクの可愛らしいマニキュアが、固まって動かない指先を彩っていた。
モノクロの石畳の上に、ピンク色の花が満開に咲いているようだった。天を仰ぐ白い顔。今にも語り始めそうな形の良い唇。花弁のように見えるのは彼女のコートだった。タフィーピンクの可愛らしいコート。
そして路上に散りばめられた赤い――赫い染み。
***
四人目の被害者が出た。
ローランから連絡を受けたルイスが現場に駆けつけたときには、死体袋へ入れられた被害者がストレッチャーに乗せられてモルグへ搬送されるところだった。
「社員証がバッグに入っていたから身元は判明してる。テーゲル在住のテクラ・ショーダー、二十六歳。さっき職場に確認したら、昨日は定時に退勤したって」
証拠袋に入れられた社員証を差し出しながらローランが話す。ルイスはそれを受け取り、社員証に収まっている証明写真のテクラを見た。
「若くてきれいな女性だな」
「アパレル関係の職場ってことで服装もバッチリだったよ。ショート丈のコートはオーソドックスなデザインだけど流行りのピンクを選んでる。もっと早く、会いたかったな」
「衣服に乱れは」
同僚の軽口に反応することなくルイスは続けた。反論を期待していたらしいローランが横で肩を竦める。
「ない。レイプ検査はするだろうけど、ざっと見た限りではそれはないね。遺棄されたときにできた程度の乱れってところ。心臓一突き、それから喉を裂く。おんなじ犯人に違いないと思うよ。それはそうと」
急にローランの声が小さくなる。ルイスは訝るように相棒を見た。
「気になるものが被害者の持ち物から出てきたんだけど」
もったいぶった物言いにルイスが眉を顰める。
「なんだ」
「うーん。偶然だと思いたいんだけど、出てきたんだよね。レシートが」
「だからなんだ。はっきり言え」
これ、とローランがコートのポケットから社員証とはべつの証拠袋を取り出した。
「手帳?」
袋の中には一冊のスケジュール帳が入っていた。ごく普通の、二十代の女の子が手にしそうなデザインの手帳だ。
白手袋をはめたローランの手が証拠袋を開ける。手帳を取り出し、あるページを開いた。
十一月のページに、一枚のレシートが貼付されていた。お金の管理にしてはレシートの枚数が少ないし、スケジュール帳でそれを行うとも思えない。
考え込み始めたルイスの視線が、レシートのロゴマークにくぎ付けになる。
「本と小鳥を組み合わせたロゴってレナの店のだろ? それと、その走り書き」
ローランの指が、とんとページを叩いた。そこには、『夕方 古書店に寄る』とあった。
「日付が昨日になってるよな。ってことは、とりあえず今回の被害者とレナは面識があるってことになる」
ルイスは、喉の奥が急激に乾燥していくのを感じた。嫌な予感がする。
「偶然じゃないのか」
わずかに声が震えたが、幸いローランは気づいていない。
「被害者の勤務先ってノイケルンにあるんだよね。レナの店とは通りが一本違うだけだし」
「なおさら偶然ってことも考えられるだろ。勤務先が近ければ買い物することだってあるんじゃないのか。レナの店は特定のジャンルしか扱ってるわけじゃないから誰でも入れる」
「だけどな、ルイス。もしも、テクラが古書店に寄ったのが最後なら、生きている彼女に会ったのはレナが最後ってことだろ」
「昨日は」
そう言ってルイスは思い出した。
レナは店の前に立っていて、誰かを待っているようだった。ルイスが気づいて手を振ると飛びついてきた。珍しく。そしてゆっくりとレナの言葉を思い出す。常連の女の子の話だ。
ローランに恋をしているという女の子。――しまった、名前を聞いていない。ちらりとローランを見る。ローランは風でほつれた髪を少しイラついたように撫でつけていた。