第7話

文字数 1,104文字

「なによ、ニヤニヤして変なの」
 そう言っているレナの口元も緩んでいた。その腰には逞しい腕が回されている。肩越しにルイスの顔が現れ、「昨夜のことが」と表情はニヤニヤを通り越してすっかりだらしない。
 二人が横になっているベッドのシーツはまだ乱れたままだった。羽根枕に至っては乱闘騒ぎの後のように床の上で散らばっている。
「アンタ、無茶苦茶し過ぎ」
 昨夜のことを思い出し、苦笑を浮かべながらレナは恋人の足へ自分の足を絡ませた。
 昨日のルイスは明らかに様子がおかしかった。それも仕方がない。自分の恋人が連続殺人事件の重要参考人とされたのだから。
 容疑者ではないにしろ、ルイスにとって衝撃だったのは間違いない。それも理由だろうし、これまで張りつめて事件に臨んできた疲れが噴出したのかもしれない。
 ルイスはいつもそうやって限界まで溜め込んで、一気に爆発させてしまうきらいがある。レナは小さくため息を吐いた。
 吐き出すようになっただけマシかな――
 レナは自分の腰に巻き付いているルイスの腕を擦りながら呟いた。
「どこか痛むのか? 一応……セーブしたつもり、なんだがな」
「じゃあ、この全身を襲ってる痛みはあたしの運動不足が招いた結果ってことなわけ? これが三十路の現実」
 レナはそう言って思いきり笑い、節々に走る強烈な筋肉痛に顔を歪ませた。
「運動不足解消の為にベンのところから犬を引き取ろうかな」
「仕事があるのに世話ができるのか?」
「少なくともルイスよりはできる。ベンだってもう若くないし、犬三頭の散歩は正直キツイと思うのよね。まぁ、ルイスがどうしてもイヤだってゴネるんなら考え直すけど」
 しょんぼりと唇を尖らせるレナに、ルイスがすまなそうに声をかけた。
「いや、レナが大丈夫だって言うんならいいんだ。父さんの負担をレナが負う必要はないって言いたかっただけだから」
 言いながらレナのうなじにキスをして、ルイスは何事もなかったように身体を離した。冷えた室内の空気がするりと二人の間に入り込んでくる。
 ルイスはそのまま起き上がりベッドを出た。几帳面な彼にしては珍しく、脱ぎ散らかしたシャツを床から拾い上げ、無造作に袖を通す。きょろきょろとベッドの周りを見回したが下着が見当たらない。
「服を畳む余裕がないくらい可愛い恋人はあたしを求めていたのね~」
「レナが誘ってた」
 耳まで赤くしたルイスは照れ隠しにそう言い捨てて、半裸で寝室を飛び出した。
「先にシャワーを浴びてて。着替えはあたしが持っていくから」
 ドアを閉めるのも忘れて逃げていくルイスの背中に、レナは笑いを殺しながら弾む声をかけた。
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