第3章 第5話

文字数 1,731文字

「金光さん、新年明けましておめでとうございます」

 満面の笑みだが目が全く笑っていない真琴が丁寧に新年の挨拶をしてくれる。俺は硬い笑顔で
「真琴さん、おめでとう。春からここに住むって聞いたのだけど…?」
 彼女に最も聞きたかったことをズバリ聞くのだが、彼女は全くその話題に応じず、

「貴方に伺います。一体全体、龍二のこの豹変ぶりは何なのですか。この彼の外的かつ内的な変心振りは金光さん、貴方が原因であると言う証言があるのですが?」

 彼女の息子もそれに被せてくる…
「ホントビックリ、あの龍二叔父さんが人とこんなに… あ、お父さん、お祖母様、葵ちゃん。明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いいたし…」

 すかさず母親が突っ込んでくる。
「翔ちゃん。貴方の今の証言に不正確な点があったのを指摘します。この方をお父さんと呼称した事案についてー」

 葵が唐突に、
「お母様。初めましてっ 私、翔くんとお付き合いしt―」

 間が悪いぞっ と叫ぶ間も無く、
「被告人は口を慎みなさい!」

 店内が静まり返る。息子の彼女の初めての挨拶を一刀両断である。流石にこれはあんまりだ、娘の父親として愕然としてしまう。葵は相当ショックを受けたに違いない、だが俺は真琴と葵を交互に眺めながら口をパクパクさせるしか出来ない… 葵は呆然とした様子だったが、ポツリと一言

「え… 被告じゃないし…」

 般若顔の真琴が何故だか俺に向かって、
「裁判長、翔ちゃんの発言および被告人の挨拶の差し戻し請求を要求いたします」

 え? 何? はい? 裁判長って何?
「差し戻されちゃった… どうしよう… ひっ… ひっく…」

 あざとく翔に縋りながら泣き真似をする葵。馬鹿だなそんなの逆効果だろうに…
「裁判長。我が母、島田真琴の自身の立場を利用したパワーハラスメントを糾弾の上謝罪を要求いたします!」

 笑いながら翔が俺に振ってくる。やるなこの若い二人のコンビ。
「ううう… 慰謝料… 心に傷が… PTSDかも…」

 息子と彼女に一方的に責められた真琴は葵を一瞥し、
「な、何と… 人の大事な息子に手を出しておきながら慰謝料まで請求するとは… ところで貴女。この示談金で手を打つのはどうかしら?」

 そう言うと懐からお年玉袋をほいと渡す。
「うわーーー! 有難うございますお母様! 翔くーん、お年玉貰っちゃった♫」

 かなり真剣に娘と彼氏の母親との衝突を心配した俺がバカでした。

「金光。ちょっと、こっちへ…」

 店の隅に俺を誘った青木が眉を潜めながら、
「金光。俺の下調べによると。島田龍二、獣医師、沼津市三津浜動物病院勤務。間宮純子、間宮由子の一人娘、元出版社勤務。ここはよく知っている」

 先月、伊豆名旅館『あおば』で開催された間宮由子の句会での騒動の際、じっくりと調査したのだろう。

「島田真琴、弁護士、甲府市在住。島田翔、開聖中学三年、祖母光子と東京都江東区で同居。ここまではわかるのだが…」

 どうやら真琴の夫についてまで捜査は追いつかなかったようだ。
「お前の捜査ファイルに付け足しておけ。滝沢修、2004年殺人で起訴、現在甲府刑務所で服役中。島田真琴と事実婚関係。島田翔の遺伝子上の父」

 青木は鋭い刑事の目そのもので翔を眺めながら、
「むううー。で。金光葵、江東区立深川西中三年。金光軍司の一人娘。島田翔とは… 成る程…」
「大分整理出来たんじゃないか?」
「ああ、お陰様で。しかし… 何だ、その…」

 メチャクチャ言いにくそうにしている青木に、
「何となくわかる気がするが、言ってみろ」

「島田光子、江東区立深川西中卒、飲食店経営。の子供達の… その… 学歴って…」
 だよな、そうだよな。本当に今だに謎なんだよ、どうして一体……

「俺も一時期理解に苦しんだよ。ただ今思うに…」
「思うに?」
「もし光子自身の成育環境が違っていたら、案外俺やお前、子供達と同じ道を辿って…」

「おいーーーっす! おお、ヒロ坊、よく来たなコラ。やったか? 由子とドピュッとやったか? アイツまだアガってねーから純子の弟でも作ったれやコラ!」

 厨房から金色の女王… いや、反社会勢力風情の女性が大声で叫びながら近付いてくる。

「…… 金光」
「…… ああ。それはなさそう、だな…」
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