第1章 第5話
文字数 1,508文字
「金光専務、どうもすみません… 三ツ矢がまた…」
「ハハハ、気にしないでくださいよ。彼の言っている事は正論です」
「ですが… 評判も良くないようで。困ったもんですよ」
「ま、相手にとって不足は… いやいや。中々やり甲斐ありますよ」
田所はキョトンとして、
「へ? やり甲斐? あーーーそれよりーー 僕も行きたかったな、景徳山。久々に雪山とか登りたかったなあー」
遥けき雪山を想像し、蕩けるような表情となる。登山家にとっての山とはかつての俺にとっての若い巨乳の女性と同じなのだろうか、と不遜な理解をする。俺は空咳をしつつ、
「田所さんも登山部だったんですよね、社長とはどこで知り合ったの?」
「大学連合でヒマラヤ行った時かな。最初は真面目で大人しい奴だな〜なんて思ってたのですけど、登り始めたらスゴイ、の一言。パーティーへの気配り、天候の読み、ルートの選択。どれも僕らが束になっても敵わなかったです」
ああ、鳥羽らしい。最近になってようやく社の面々の内面が見えてくるようになった。まあ今までは見ようともしなかったのだが。
「そうなんだ。あれ? 俺の前の専務も同じ登山仲間だよね?」
「はい。立川も大学連合の仲間でした。鳥羽、僕、立川の三人で始めたのがこの会社です」
なんでも俺の前任者の立川専務は山が恋しくなって一昨年退社したという。今頃アルプスかヒマラヤかアラスカか…
「でね… 三ツ矢は立川の後に専務になると思っていたらしく… そこにね、金光さんがサラッと入社して専務になって。メインバンクの要請って事で渋々諦めたようです」
「…何かスマンね。何処でも色々あるなあ…」
「銀行もさぞや色々…」
「ハハハ… 思い出すだけで血が滾る… おっと失敬」
田所は顔を引き攣らせながら、
「ハハハ… 元銀行マン対元商社マン… 恐ろしや恐ろしやー ああ山が恋しい…」
師走真っ只中、退社時間になっても誰一人席を立たない。俺はデスクの上を片付け、お先に、と言って席を立つ。
エレベーターを待っていると後ろから三ツ矢部長が近付いてくる。
「専務、駅までご一緒しませんか?」
「構わないが」
「私を悶絶させるような企画、楽しみにしていますよ」
「一昨日の様に、かい?」
軽いジャブの応酬。相手の出方を窺う。エレベータに乗ると三ツ矢が低い声音で、
「ただね、専務。もう少し本業をしっかり見た方がいいんじゃないですかね。色々企画立てられるのはいいのですが」
「本業、ね。是非その辺のところは色々ご教授頂けると助かるのだが?」
彼の言っていることは至極真っ当なことだ。俺は素直に頭を下げる。
「はは、そう来ますか。まあ足元はよく注意した方がいいですよ」
三ツ矢がニヤリと笑いながらエレベーターのドアの開くボタンを押し続ける。
「足元、ね。覚えておくよ」
俺は片手をあげて礼を示し、先にエレベーターを降りる。その後は互いに無言で歩を進め。会社から駅の改札口まで徒歩三分。あっという間だ。
「ではこれで。お疲れ様でした」
三ツ矢は軽く頭を下げると改札口に消えて行く。
三ツ矢の背中を眺めながら、先程の会話をリプレイする。『足元はよく注意した方がいいですよ』か。明確な『宣戦布告』と捉えて良いだろう。この戦いは勝っても得るものは何もなく負ければ恐らく職を失う。これまでの戦いでは勝てば『出世』という戦利品を得てきた。今回の戦いにそれは無い。
即ち、『絶対に勝たねばならない』というよりも、『絶対に負けられない』戦いである。青い武士と一緒だ。最悪引き分けでも良い、兎に角勝ち点を得ねばならない。
どうやら試合開始のホイッスルは既に鳴っている様だ。試合の序盤は相手の動きをよく見る事にしよう。
「ハハハ、気にしないでくださいよ。彼の言っている事は正論です」
「ですが… 評判も良くないようで。困ったもんですよ」
「ま、相手にとって不足は… いやいや。中々やり甲斐ありますよ」
田所はキョトンとして、
「へ? やり甲斐? あーーーそれよりーー 僕も行きたかったな、景徳山。久々に雪山とか登りたかったなあー」
遥けき雪山を想像し、蕩けるような表情となる。登山家にとっての山とはかつての俺にとっての若い巨乳の女性と同じなのだろうか、と不遜な理解をする。俺は空咳をしつつ、
「田所さんも登山部だったんですよね、社長とはどこで知り合ったの?」
「大学連合でヒマラヤ行った時かな。最初は真面目で大人しい奴だな〜なんて思ってたのですけど、登り始めたらスゴイ、の一言。パーティーへの気配り、天候の読み、ルートの選択。どれも僕らが束になっても敵わなかったです」
ああ、鳥羽らしい。最近になってようやく社の面々の内面が見えてくるようになった。まあ今までは見ようともしなかったのだが。
「そうなんだ。あれ? 俺の前の専務も同じ登山仲間だよね?」
「はい。立川も大学連合の仲間でした。鳥羽、僕、立川の三人で始めたのがこの会社です」
なんでも俺の前任者の立川専務は山が恋しくなって一昨年退社したという。今頃アルプスかヒマラヤかアラスカか…
「でね… 三ツ矢は立川の後に専務になると思っていたらしく… そこにね、金光さんがサラッと入社して専務になって。メインバンクの要請って事で渋々諦めたようです」
「…何かスマンね。何処でも色々あるなあ…」
「銀行もさぞや色々…」
「ハハハ… 思い出すだけで血が滾る… おっと失敬」
田所は顔を引き攣らせながら、
「ハハハ… 元銀行マン対元商社マン… 恐ろしや恐ろしやー ああ山が恋しい…」
師走真っ只中、退社時間になっても誰一人席を立たない。俺はデスクの上を片付け、お先に、と言って席を立つ。
エレベーターを待っていると後ろから三ツ矢部長が近付いてくる。
「専務、駅までご一緒しませんか?」
「構わないが」
「私を悶絶させるような企画、楽しみにしていますよ」
「一昨日の様に、かい?」
軽いジャブの応酬。相手の出方を窺う。エレベータに乗ると三ツ矢が低い声音で、
「ただね、専務。もう少し本業をしっかり見た方がいいんじゃないですかね。色々企画立てられるのはいいのですが」
「本業、ね。是非その辺のところは色々ご教授頂けると助かるのだが?」
彼の言っていることは至極真っ当なことだ。俺は素直に頭を下げる。
「はは、そう来ますか。まあ足元はよく注意した方がいいですよ」
三ツ矢がニヤリと笑いながらエレベーターのドアの開くボタンを押し続ける。
「足元、ね。覚えておくよ」
俺は片手をあげて礼を示し、先にエレベーターを降りる。その後は互いに無言で歩を進め。会社から駅の改札口まで徒歩三分。あっという間だ。
「ではこれで。お疲れ様でした」
三ツ矢は軽く頭を下げると改札口に消えて行く。
三ツ矢の背中を眺めながら、先程の会話をリプレイする。『足元はよく注意した方がいいですよ』か。明確な『宣戦布告』と捉えて良いだろう。この戦いは勝っても得るものは何もなく負ければ恐らく職を失う。これまでの戦いでは勝てば『出世』という戦利品を得てきた。今回の戦いにそれは無い。
即ち、『絶対に勝たねばならない』というよりも、『絶対に負けられない』戦いである。青い武士と一緒だ。最悪引き分けでも良い、兎に角勝ち点を得ねばならない。
どうやら試合開始のホイッスルは既に鳴っている様だ。試合の序盤は相手の動きをよく見る事にしよう。