第4章 第8話

文字数 939文字

 その週末。
 葵の勝負の日。予報では大雪だったのだが幸いそんなに積もらず無事に葵の受験は終わった。発表は来月の二日。やるべき事を全てやり尽くしたと言う彼女は本人曰く『白い灰』になったそうだ。『しまだ』のカウンターで確かに翔と嬉しそうに『ハイ』にはなっている。

 テーブル席で鳥羽社長と二人、俺はお猪口を酌み交わしている。

「金光さん… 全く貴方って方は……」
「イヤイヤ。これは貴方の大学の後輩の功績ですから。本当に良い後輩を持って幸せですね」

 鳥羽は感動と感激で目を潤ませながら、
「庄司さん。ウチには本当に勿体無いです」
「さて。今後の事ですが。昼にちょっと社で言った方向で。よろしいでしょうか?」
「三ツ矢さんの放逐… ですか…」

 俺はしっかりと頷く。
「そう。今切らないと、ヤツは永遠に我々を攻め続けますよ。それでもいいんですか?」

 鳥羽はハーと深い溜息をつく。
「僕はね、みんなが仲良く、楽しく仕事できれば、と思ってずっとやって来たんですよ。でもその結果がこうなってしまったんですよね……」

 俺は否定も肯定もせず盃を口に含む。そして、
「組織はね、大きかろうが小さかろうが必ずこの様な諍いはあるんですよ。だって、組織に属するのが人間なんだから」
「人間――だから…」
「そう。悲しいけど、人間ってみんなで仲良く楽しくって、出来ない生き物なんですよ。逆にもし皆んなで仲良く楽しくやっていたら、あっという間に外敵に滅ぼされてしまうんですよ」
「そう、なんですかね…」

 鳥羽の目を見据え、俺は熱く語る。
「ええ。人の進化の過程には必ず戦いがあるんです。逆説的に、戦いがあるからこそ、我々はここまで進化し得た、と」
「ええ……」
「電子レンジだって、インターネットだって。元は軍事技術。戦争が生活の質を向上させてきたんです」
「…… はあ」
「ですから。この会社の為。社員の為。僕らは三ツ矢と戦わねばならない」

 鳥羽は暫く言葉を発せずじっと一人考えていた、そしてゆっくりと顔を上げ、
「分かりました。社員の為、一緒に戦いましょう」

 俺達はお猪口を軽く重ね合わせた。

 二月の末。今年もそろそろ花粉の季節だ。インフルエンザも大流行しており、会社の行き帰りにはマスクが欠かせない。

 二月最後の役員会議は静かに幕を切る。
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