第4章 第2話

文字数 1,769文字

 翌週、二月に入り、当たりそうもない山本くんの予感が見事的中してしまう。

「…という訳で他に何もなければ役員会を終えます」
「一つ、よろしいでしょうか?」

 三ツ矢がサッと手を上げる。その目は挑戦的かつ好戦的である。俺は思わず身構えてしまう。

「社長。当社は今年で創業何年目ですか?」
「えーと。2009年創業なので、丁度10周年ですね」
「成る程。それでは今年重要な事項がありますよね、専務お分かりと思いますが?」

 突然振られても、俺がこの会社の事をそこまで知る由もない。
「えーと… 10周年記念行事、とか?」

 三ツ矢はバカにしきった顔で、
「フッ ご冗談を。それでは社長、お分かりですよねぇ?」

 鳥羽社長も目を白黒させながら、
「えーと…… 三ツ矢さん、何をおっしゃりたいか、わかりかねます…」

 三ツ矢は演技がかった仕草で、
「……この社長といい、専務取締役といい… おい、課長。今の発言を議事録にしっかり残しておけよ?」
「…はあ」

 社長は呆気にとられている。三ツ矢のいう所の今年の重要事項とやらを本当に理解していない様子だ。俺もこの会社に来て二年目。何のことかさっぱり見当もつかない。

「では。金光専務。当社は、何ですか?」
「は? 株式会社『鳥の羽』、だろう」
「言い方を変えます。当社は旅行業法上の何という会社ですか?」

 そう言えば二年前、この会社に転籍する時に色々資料を貰って一通り眺めた気がする。昨年の四月頃まではこの仕事に全く興味もやる気もなかったので、そんな資料の事すら忘れていた。

「以前資料に目は通したが、忘れた」
 三ツ矢が大袈裟に天を仰ぐ。
「皆さん。これが当社の現実です。実質社のナンバー2である専務取締役が法的な当社の立ち位置すら存じ上げないっ」

 皆さん、と言っても社長に俺、田所常務以外は執行役員兼務の二人の部長に書記役の課長。彼らもハア? という顔をしている。
「迫田部長。金光専務に代わってお答えしろ」
 三ツ矢を睨みつけながら迫田企画部長が答える。
「第1種旅行業者」

 俺をせせら笑いながら三ツ矢は続ける
「なんですよ、専務。我々は第1種、なんです。どうです、思い出されましたか?」
 流石に耳が赤くなってくるのを感じる。ここまでバカにされるのは入社一年目の銀行員だった頃以来か…

「では専務。我々第1種とそれ以外の2種、3種などとの大きな違い、思い出されていますよね、当然?」
 醜悪に歪んだ顔が忌々しい。当然俺が知らない事を知った上で徹底的に甚振ろうという魂胆がよく見える。腹が立ってきたので
「すまんね。勉強不足で。旅行業法とかはよく知らないからこの機会にご教授願いたいね、是非に」

 開き直って逆に睨みつける。一瞬三ツ矢の目が泳ぐがすぐに立ち直す。
「そうですね。ゆっくりと教授したいのは山々なのですが、何せ会社存亡の危機なのでどうかご自分でよーく勉強なさって下さいよ」

 全員が三ツ矢の顔を見る。
「ははは、専務だけでないらしい。ここにいる誰一人、この会社がもうすぐ第1種旅行業社でなくなる事を認識していない、という事ですかねえ」

 皆が一斉に、
「は? 何言ってんですか?」
「意味がわからない… 三ツ矢部長、どういう事ですか?」

 三ツ矢は嘲りの表情で、
「村松、先程の僕の専務への質問。答えたまえ」
 村松営業課長が即座に答える。
「海外旅行を取り扱えるか否か、です」

 成る程―― そう言えばこの会社は細々とだが、海外、それも近場の韓国とか香港、台湾の旅行も取り扱っている。
「では。旅行業法第六条の2。上村、その内容は何?」

 上村企画課長は三ツ矢を睨め付けながら、
「…… 旅行業の登録の有効期間、だったかと」

 へー、そうなんだ。登録制なのは薄々感じていたが、有効期間があったのか。それは何年間なのだろう?

「鳥羽社長。当社の第1種旅行業社としての有効期限はいつですか?」
「それは… えーと…」
 おい社長。そんな大事なこと忘れるなよ!

「今年の三月三十一日です!」
 迫田企画部長が助け舟を出す。
「ふん。で。その登録の更新に必要な事は何ですか? 去年の役員会で私は念を押しましたが」
 俺は全く記憶がない。

「えっと… 確か管理者の研修が必要に…… ゲッ…」

「受講が義務付けられたって、アレか…… しまった…」

 鳥羽社長がバタンと立ち上がった

「し、しまったーーー」
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