第4章 第9話

文字数 2,011文字

「統合先から社員の詳細なデータが欲しいとのことですので、営業部は僕が手配しますので企画部は迫田、宜しく頼む」
「…はあ」
「おいおい。大丈夫か? もう一月ちょっとなんだぞ。しっかりしてくれよ!」

 俺は軽く咳払いをする。社長が俺をじっと見詰める。いよいよ戦闘開始だ。

「それについて、少し意見があるのだが」
「何でしょう金光専務。いや、金光さん」

 三ツ矢が蔑んだ風に俺を見下す。
「鳥羽社長は今回、『神田トラベル』との合併を拒否することにしたそうです!」

 全員が社長を振り返り見る。社長の顔が紅潮している。逆に青ざめた三ツ矢が呻くように、
「それは… どういう事ですかな。鳥羽さん」

 鳥羽がスッと立ち上がる。

「先日。日本旅行業協会主催の定期研修に企画部の庄司智花さんを派遣する手続きを行いました」

 一瞬全員の息が止まる。その後――

「それって… 庄司を派遣するって… 彼女――」
「はい。彼女は去年の秋、独学で総合旅行業務取扱管理者試験を受験し、見事合格されていたそうです!」

 全員が、いや俺と社長と三ツ矢を除き、歓声を上げていた。

 三ツ矢は顔色を失い、俺の前にやって来る。
「どういう… 事なんだ…」
 俺は立ち上がり、
「どうって。そういう事さ。彼女は去年の秋、旅行代理店の社員として所持すべきと考えこの資格を猛勉強の末取った。それだけの事さ」
「そんな…」
「良かったな。これで当社は四月以降も今まで通り第1種旅行業として営業できるからな」
「……」
「皆さん。ちょっと聞いてください」

 俺は改まって経営陣に向かい直る。
「実はこの経緯を先方の『神田トラベル』に昨日伝えに行ったのです」
「金光…… アンタ…」
「お前――三ツ矢。お前、四月から新設予定の新部署担当の常務取締役になる予定だったんだってな?」
「ハア?」「何だそれ!」「知らねえよ!」
 彼方此方から非難めいた声が上がる。
「田所さんは部長待遇。お前、あっちの会社で一人美味しい思いする筈だったんだよな!」

 営業部の村松が椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「三ツ矢さん… アンタ… 俺たちを向こうに売ったのか!」

 企画部長迫田も立ち上がる
「俺はアンタの下なんかじゃ絶対働かないからな!」

 営業担当常務取締役の田所が座りながら三ツ矢を睨みつける
「三ツ矢さん。僕は今まであなたが何をしようと目を瞑ってきました。でも… 今回だけは許せない。俺たちの会社を… 俺と鳥羽と立川が作ったこの会社を… 」

 田所はゆっくりと立ち上がり、真っ赤な顔で叫んだ。
「出て行け!」

 己の立ち位置の急激な変化に思考が追い付かず呆然としていた三ツ矢は田所の解雇命令の後、クックックっと笑いだした。

「そうですか… そうかい。そういうことかい。流石、『引き摺りの金光』。未だ健在、って事だった訳だ…」

 なぜコイツが俺の銀行時代の思い出したくない二つ名を知っている?
「すっかり騙されたよ、去年までの腑抜けぶりにな。でも、そうでなくっちゃ面白くないからな、フッフッフ」
「正直。お前から色々勉強させてもらったよ」
「フン。まあ俺がアンタの実力を見くびったのが間違いだったのは確かだ。今回は、まあアンタの勝ちって事だ」

 コイツは何を言っているのだ? 今回は、とは一体?
「ああ。俺は四月から『神田トラベル』に行く。そして、全力でアンタを、この会社をぶっ潰してやるっ」

 突如、この男が可哀想になってくる。誰にも認めてもらえず褒めてもらえず。他人を他者を突き落とす事でしか己の立ち位置を確認できない哀れな男……

「三ツ矢」
「… 何ですか?」
「無理は… するなよ」
「ハア?」
「俺は銀行時代に学んだんだ」
「へ?」
「誰かを引き摺り落とすヤツは必ず誰かに引き摺り落とされる。ってコトを」
「……」
「お前も三葉物産で学ばなかったのか? 誰かの手柄を独り占めするヤツは誰かに自分の手柄を取られる、とか」

 怯えたような顔となり、真っ青な顔で、
「だ、黙れ!」
「優秀な後輩部下を排除すれば必ず自分に不運が降りかかるとか」
「う、うるさいっ! 何様なんだよアンタは! いつも人を見下しやがって! 自分だけが悟りきった聖人君子ヅラしやがって! 雑魚社員にいい顔して人気取りしやがって」

 口角の脇に白い泡。目は尋常でない精神状態を表している。
「実際、お前は優秀だったよ。でもな、」
「……」

 俺は昨年橋上先生から入手していたスマホ内の画像を三ツ矢に突きつけながら、
「こんな事繰り返していたら必ず、又同じ事の繰り返しになるぞ。そしてこれ以上こっちにちょっかいかけてくるなら、次はコレを使ってでも、完全に貴様をぶっ潰す!」

 青かった三ツ矢の顔が真っ白になり、やがて真っ赤になる。目も真っ赤に充血してくる。その目で俺を突き刺すように睨みながら、
「アンタ… それどこから…… ハッハッハ、おもしろい… やってみろよ」

 三ツ矢は睨み合いから目を逸らすと自分の鞄を引ったくり会議室から出て行った。
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