第2章 第5話

文字数 1,128文字

 帰宅後、いつになくぐっすり眠ることができた。スッキリした頭で翌日出社すると企画部の皆が寄ってくる。

「キンさん、体調どうですか?」
「お陰様で。昨日ぐっすり寝れたよ。すっかり元気になった。迷惑かけたね」
「良かった〜 キン様、目の下の隈取れてる〜」

 部下達の心配が胸に沁み入る。銀行員時代には有り得ない事だ。身体も心もポカポカになってきて、着込んでいたコートを脱ぎながら、

「そんな酷かったか昨日?」
「皆んなすごく心配しておりました。社長も」
「ホント、悪かったよ。さあ今年もあと二週間か。色々とやっとかなきゃいけない事もあるし。頼むぞお前ら!」

 沸々と湧き上がる闘争心を感じながら、部下達にハッパをかける。
「それって?」
「キンさん…」
「そうこなくっちゃ!」
「あの野郎。見てろよ!」

 先程までの心配そうな表情は掻き消え、燃え盛る炎が各々の瞳に灯されていく。俺は高鳴っていく鼓動を抑えながら、
「まあまあ。慌てるな。これからジックリと仕込むんだ。その時が来たら頼む。でも、今は通常業務をしっかりと、な!」
「ハイ」「ヘイ」「合点」「御意」「ラジャ」

 それでもその週は『居酒屋 しまだ』に行く勇気が俺には無かった。

 夕食をお袋と済ませた後、葵が帰宅する。すっかり受験戦士の引き締まった顔付きだ。
「葵ちゃん、お腹は〜?」
「大丈夫―。食べてきたー」

 スマホを弄っているのを覗き込むと英単語のアプリである… 自然と顔が綻んでしまう。
「勉強は進んでいるか?」
「ボチボチかな。あ、翔くんさあ、学年順位3位だって! 凄くない? あの進学校でー」
「それは… 凄いな」
「でしょー。でもね、これじゃキングには勝てないってちょっと凹んでるんだよー 意味不―」
「そんな… こっちは下町の公立中だったんだし」

 俺は確かに中学生時代、一年から卒業までずっと学年トップの成績であった。おい。その娘はどうなんだよ?

「へへ。今回頑張ったぞ。13位!」
「それは… 凄いじゃないか! 前回の40位から良く頑張ったじゃないか! これならあの都立狙えるんじゃないか?」

 大昔は超一流だったが俺の時代に凋落し、でも最近復活の兆しを見せ始めている名門都立高校、日々矢高校の話である。翔が色々とリサーチしてくれ、今一番勢いがある都立高校として勧めてくれているのだ。

「内申は何とかねー。あとは本番ですわー。あ、初詣さ、やっぱ湯島天神でヨロ!」
 我が家は代々初詣は地元深川不動と決まっているのだが、
「よしよし。学問の神に祈りに行くとするか」
 
 葵は満面の笑みで、
「翔くんも、ね」
「…… だよな…」
「あ。そういえば、翔くんのとこ、正月にHayato来るって! 超―楽しみなんですけどー」

 器よ器、大きくなあれ。大きくなあれ。
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