第3章 第7話

文字数 1,228文字

 三人がキョロキョロ見回し、光子がお袋と共に料理の準備で厨房にいる事を確認する。

「母が子供の頃の私達を寝かしつける時に、」
「古の故事を寝物語にしてくれたのですが、」
「それが〜『キングとおばちゃん』ウケる〜」

 俺は真剣にずっこけた。

「母には昔初恋の素敵な同級生がいました。文武両道、正義の男〜」
「光源氏もかくありけりか、という程の美丈夫―」
「 ♫ いつも遠くから貴方だけを見ていた そんな私の気持ちは貴方に届くはずはないよね
    貴方が投げたボールがリングをくぐる時 切ない思いや苦しい痛みは飛んで消える〜
    貴方の隣にいるのが私じゃダメな事 わかってるよそんな事自他共に〜
    それでもいつかずっと先でもいいから 少しだけ居させてよ貴方の左側〜♫ 」

「……」
 おい光子。何じゃこれは? 俺は顔を真っ赤にしながら唖然として彼らを見つめる。隣の葵はあのHayatoの思いがけない生歌を聴き、
「きゃ〜 ハヤト〜」
 再度、失神してしまった。

「大人は誰も自分を自分達を信じてくれない、母は世間を憎み、諦め、無聊を託っていました」
「そんなある時、母は邂逅したのです、信頼出来ると端倪した人と…」
「 ♫ 歩き続ける虚しさに悶え苦しみ傷付いた そんなあの頃アンタは言った〜
    立ち止まってごらん 荷物を降ろしてごらん 肩の力を抜いて歩き出してごらん
    自分のたーめーだーけーに生きる事をーーー
    恐れないーでーそれがあなたのぉー Destiny ♫ 」

 それにしても上手い。母親の光子も軽く町内カラオケ大会優勝しちまう程の喉の持ち主なのだが、しっかりと遺伝されている様で…… まあ、コイツはプロの歌手なのだから当然か。隣で意識不明の葵に、
「……… おい。葵。生きてるか?」
「ムリムリムリ。夢でもいいっ 幸せ〜」
 青木がポツリと呟く。
「この兄妹… 恐るべし…」

 俺は青木の肩を軽く叩きながら、
「成る程、わかった… ような、わからないような… 要するに、子供の頃から俺とお袋の話を寝るときに聞かされてきた訳なんだ?」
 真琴が首を傾げて弟達に問いかける。
「寝物語にしてはやけにリアルな話だったわよね?」
「異議無し」
「だねー」

 真琴は俺に向き直り、
「兎に角。『キング』さんは母にとって永遠の憧れの男性であった事は疑いようの無い事実と看做されます。仮に初恋に時効があったとして、その時効が経過した後にその男性と巡り合った時、時効成立故に諦めてしまう事は道義的に否定せざるを得ません」

 何言っているかサッパリ分からん……
「真琴姉の供述に吝かでない。生物学的及び人道的観点からしても、貴様とお袋が同衾しても何の差し支えもあるまい」

 お、おお。同衾済みだがな既に……
「なんか〜 キングさんとさぁお袋の恋バナ? なんかスッゲー歌になるかも… あは、『下町 King and Queen』なんてどーよ?」

 ヒーーと呟き、三度目の失神に至る葵。やめてくれ、それだけは絶対……
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