第3章 第3話

文字数 2,540文字

 先導する車に乗り込み、チラリと後続の車の様子を確認する、どうやら間宮は大人しくしているようだ。

「課長、間宮は組織に関わってないのですかね?」
 石田が疑うような視線で問うてくる。静岡県警生え抜きの28歳の若者だ。
「おそらくな」

 山岸が運転しながら、
「だとすると、密売組織と間宮を繋ぐ人物…」
「それだ。今日中、遅くとも明日までには解明するぞ。いいな!」
「ハイ」「はいっ」

 島田光子。取り寄せた資料を読んだときは呆然とした。10代の頃の暴れっぷりには目を疑い何度も読み返した。20代から最近に至るまでも恐喝、傷害、器物破損など。それらの案件をザッと見ただけだと、犯罪心理学で言う典型的な『犯罪性格』者だ。

 しかし各事件を照査すると、意外な事実が浮かび上がってきた。それは殆どの事件が彼女自身が原因ではなく、家族、友人、知人に関わる事が原因であった。

 ごく最近だと、昨年9月17日『居酒屋しまだ』にて客に暴行し重傷を負わせた事件。事実は泥酔した30代の男が20代の女性客に絡み、かつ性的な接触行為に及び、それを止めようとした際、男の顔面を殴打し男の鼻骨が『粉砕』された…

 当初、何故こんな女が金光に纏わりついているのか理解が出来なかったが、彼女の起こした事件を掘り下げていくうちに、金光との共通点を見出し、深く納得してしまった。

 その共通点とは。『他人のため』

 金光も大学時代、そんな男だった。同じバスケットサークルで先輩と激しくやり合ったのは、新歓コンパで無理矢理一気飲みをさせられた同級を庇っての事。試験でカンニング疑惑をかけられた同級生の為に、学長に直談判をしに行った事も思い出される。

 多少自己に甘い点はあった〜 練習をサボるためにウソをついたり。ただそのサボった理由が同級生のバンドのライヴを応援する為だったり。

 そんな彼は俺にとって眩しい存在であった。試験前に特に勉強する事もなく、成績は常にトップクラス。下級生からの人望は厚く、女性によくモテていた。一時期、そんな彼に激しく嫉妬し、練習をサボった時には怒りに任せ相当な暴言を吐いた。彼はそれを黙って聞き、もう二度としないから許して欲しいと言った。

 それから彼は俺によく話しかけるようになり、気がつくと卒業までの間まるで親友であるかのような付き合いが続いた。俺は人格否定までしたあの暴言をどうして彼は許し、以降俺を頼るようになったのか不可解であった。

「俺にあれだけの事を言ってくれた奴は、お前が初めてだったんだ。お前は信用できる」

 飲み屋でそう聞いた時、俺は己の小さく狭い人間性を呪った。嫉妬に駆られて暴言を吐いた俺をこいつは大きな器で取り込んだ。敵うはずが無い。そう思った瞬間、ふっと肩の力が抜け、彼への嫉妬心がスッと姿を消した。

 大学4年の早々に彼は大手都市銀行への内定を受け取った。俺は会社員になるのは性格的に向いてないと思い、国家公務員試験の準備を進めていた。

「お前なら一次は楽勝だよ。で、どの官庁に希望出すの?」
「さあな。まだ決めてない、というか、よくわからん、自分の向き不向きが。金光、お前どう思う?」
「そうだな。大蔵省…だと、俺の天敵になるのか。運輸省… なんか違う。国土省… もっと違う、厚生省? 労働省?」
「あのな… 俺の性格からの、向き不向きを…」
「そうだ、警察庁は? お前の実直さと正義感。それに手っ取り早く上目指すなら、警察庁だってゼミの先輩が言ってぜ」
「警察… 全く考えてなかったわ…」

 数ヶ月後。俺は警部補として任用されていた。

 卒業式の夜、飲みながら彼は俺に言った。
「俺もお前も出世はできねえよ。だってすぐ上と喧嘩しちまうからなあ。ま、上から下を見下ろすのも悪くなさそうだけどさ、下から上を見下す方がもっと面白そうじゃね?」
「お前らしいな、金光。これからは会う事も少なくなると思うが、いつもお前の事は気にかけておくよ」
「ああ。俺もだ。転勤先が同じ地域ならまた会おうぜ!」

 その後の彼は俺とは違い、社会と世間の垢を上手く飲み込み、トントン拍子に出世を重ねていく。3年前の不幸により銀行員としての前途が消え、少なからず心配していた。この8月、栃木県警の知り合いからSAでの轢き逃げ事件を聞き、背筋が凍った。

 犯人はナンバーを巧みに隠しており、目撃者の情報も曖昧なものが多く、当初捜査は難航した。俺は犯人は逃走後車を処分したと考え、車の闇処分屋のリストを県警の知人に送り捜査を促した。
 数週間後、群馬県の処分屋がヒットし、犯人は捕まった。その処分屋が政治家がらみであった為、事件解決が全国報道される事はなかったので、大学の仲間にそれを知らせた。本当は数十年ぶりに金光の顔を見たかったのだが、今のこの事件の捜査が忙しく、それは叶わなかった。

 先週、警視庁から連絡が入る。TVで人気の俳人の間宮由子が贋作を購入し、ある旅館にある本物とすり替えようとしている、との情報がタレ込まれた、と。その贋作がどうやら今俺が追っている闇業者から流れたものと推察され、間宮の周辺を洗っている最中に何と『金光軍司』の名前を発見した。間宮と金光の接点は『島田光子』という女性であった。

 旅館を調べると間宮由子主宰の句会が開かれる事がわかり、更に調査すると金光の転職先の旅行代理店が仕切っていることが分かった。当然その責任者は金光であることも。
ここで俺は引っかかる。あの金光軍司がこんな詐欺事件に絡むはずがない、当然その周囲の人間が関わっている筈がない、と。

 とすると、あの天然ボケの人気俳人が老獪な詐欺師にまんまと引っかかったと考えるのが正解ではないか。俺の本能がそう囁く。

 それを立証するには先程山岸巡査長が言ったように、間宮と密売組織を繋ぐ第三者を特定しなければならない。

 そこで俺たちは万全の準備を行い捜査令状を取り、今朝の踏み込みとなったのだ。目的は間宮由子の確保、そして間宮及びその周囲の人間の供述を取るためだ。当然、金光も、である。
 
 何十年ぶりの金光は何ら色褪せることのない輝きを放っており、事故の後遺症で足を引きずっているのが多少痛々しかったが、徹夜明けの俺にとってその眩しさは久しぶりに目が眩む感じがした。
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