第4章 第9話

文字数 2,516文字

 青木が顔を真っ赤にして盃を口に含みながら呟くように話し始める、確かこいつは俺よりも酒が強かったはずなのだが…

「プレスリリースでさ、自分で言わなくてもいいのに、自分から過去の事話すとか。中々できる事じゃ無い。俺は今まで誤魔化すことしかしない奴らを嫌っていうほど見てきた。そいつらは普段は愛想が良く、虫も殺さないって顔して生活してんだ…」

 テーブルに頬杖をつき、ちょっと欠伸をしながら
「ねえねえ、話長い人なの、ヒロくんって〜」

 その突っ込みをまるで無視しながら、
「でも自分に不都合な事が起きると必死でそれを隠して。嘘ついて。周りはみんな本当の事を知ってるのに、だ…」
「ねえねえ、面倒臭い人なの、ヒロくんって」

 急に青木が隣の由子に向き直り、
「でもアンタは違う。黙ってりゃいい事まで曝け出した。教えてくれ、あれ何でだよ?」
「えーー。だってホントの事じゃん。先輩に助けられたって。ちゃんとお礼言いたかったんだよ。
アタシが今までこーしてやって来れたんは、光子先輩のお陰だって。この人がいなかったら、アタシはグレたまま高校も行かず、クスリでもやってどっかでカラダ売ってたんだと思う」

 あれれれ? 由子の口調が微妙にいつもと違う… いつものご丁寧な口調は何処へお隠れになったのだろう?

「あ、あ、そうなのか…?」
「そうよ、絶対。光子先輩の卒業式、アタシ言ったんだ。『一生付いて行きます』って。そしたら先輩、『バッキャロー。オマエは頭いいんだから、勉強して都立行け。ついでに大学まで行っちまえ。そんでいつかビッグになってからアタシんとこ挨拶こいっ』って。」
「お、お、そうなのか…で?」

 さすが一流の刑事。絶妙な合いの手だ。

「アタシ誓ったよ。絶対ビッグになるっ 都立行って大学行って、いつかテッペン取ってやるって。ヤンチャしててろくすっぽ勉強しなかった自分を戒め、勉強に打ち込んだよ。そしたら周りが変わったんだよ。ガッコの先公が急に面倒見良くなって勉強会開いてくれるようになったんだ。『何で急にアンタらアタシに構うんだよ?』って言ったら、『オマエが変わったから。それに光子に言われたよ、オマエのこと頼むって。』あたしゃ泣いたよ。先公も泣いてたよ…」

 正直、唖然としてしまう。由子の話の内容に、ではない。彼女が本音を吐き出しているのを初めて見たからだ。今までの由子はその天然系の物言いを隠れ蓑にして、自分の思いを深く語ることはなかった。だが今はどうだ、自分の奥底にある記憶と想いをありのままに披露しているではないか!

 半年近くの付き合いであるが、こんな由子は見たことがない。
 不意に、鼻を啜る音が聞こえてくる、あれま光子が思い出し泣きか? と思いきや。
「そうか… うんうん」
「は? 何泣いちゃってんのかな〜 ヒロぴょんは〜♫」
「ヒロぴょんだってなあ… 泣く時は泣くんだっ」

 やはり、変わっていない。青木は何十年経っても、変わっていない。

 勝てる見込みのない試合でボロ負けしてからの号泣。カンニング容疑の仲間の疑いが晴れた時の歓喜の涙。熱くて涙脆い、全くもって昔からの青木の姿なのである。

 だが。それにしても、余りにも由子の様子が変というかおかしいというか…
「…光子、ひょっとして由子ちゃん、酔っ払ってない?」
 驚愕の表情で首をカクカクしながら、
「初めて見たわ… 割と面倒くせえなコイツ…」
「しかも、話、長っ 青木のこと言えねえじゃん…」
「でもよ、ヒロ坊も聞き上手だよな。さすがデカだな…」
「ああ。俺らも聞いたことのない由子ちゃんの過去を次から次へと… お前、卒業前に本当に先生方に由子ちゃんの事、宜しく頼んだんだ?」
「んーーー? 忘れた〜 今度金八っつあんにでも聞いてみよっと」
「トボけた顔してこのヤロっ ありゃ〜 由子ちゃんまで泣き出しちゃったよ…」
「でも、ヒロ坊も変わったヤツだな。案外ゆーこに合うかも、な」

 いやいや、それはないだろう。絶対無い、断じて無い。青木という男をよく知っている俺が言うのだから間違いない。
「バーカ。オンナの勘は外しゃしねーよ」
 オンナの勘…

「…なの。ホントひどいっしょ? あれ… ちょっと、ヒロぴょーん! 聞いてんの〜?」
 どうやら青木は撃沈したようだ。お前はよく頑張ってくれた。本当に有難う。由子も深く感謝しているぞ。

「オラ、ヒロ助っ 起きろっ アタシの話聞けやコラー」

 …そう、思うぞ。俺は。

店の人に胡座をかいたまま熟睡している青木の事を頼む。酔い潰れたというよりは寝落ちした、のだが、こんな沼津鮫は初めて見た、と店の主人が大層驚いている。どうぞ後はお任せ下さい、と俺らの代行を呼んでくれる。
一方の由子… 俺と光子に挟まれずっとクダを巻いている。俺は半年ほどの付き合いなのだが、一升瓶を二本空けてケロリとした姿しか思い浮かばない。酒で乱れた姿は全く想像つかない。
「いやー、アタシもこんなゆーこ初めて見たわー。ってアタシも半年の付き合いか」
「先輩。酔ってねえし。ぜんぜん〜酔ってねえし。」
俺は涙で化粧がグチャグチャの美魔女崩れを呆れながら見て、
「青木といい、由子ちゃんといい… なあ、ホントにこの二人はお似合いなのかあ?」
と光子に叫んでしまう。
「あああ? 何でえ、あんなヤツっ せんぱいの方が百倍ス・テ・キ!」
光子は由子の頭をゲンコツで殴りつけてから、
「なあ。ヒロって昔からああやって自分さらけ出すヤツだったか?」
「いいや。それは無い。どんだけ飲んでも潰れたりクダ巻いたり… あれ…」
ニヤリと笑いながら、勝ち誇ったように
「だろ。コイツもそう。二人共、よっぽどの事がねー限り、自分の事、さらけ出さねえ」
「よっぽどの事… って、どゆこと?」
「ったく。オメエも鈍いヤツなー。相手の事認めて、相手の事知りたくて。だから〜」
「だから、自分を曝け出す。成る程。え? それって…」
「だから言ってんだろ。ちょっと見ててみ。 おいゆーこ。お前ヒロに惚れたろ?」
「…ちょ…先輩〜、ソレせんぱいの前で言っちゃう? せんぱいショック受けて自殺しちゃうよ〜〜ん」
「マジか…」
流石、飲み屋、と言うか居酒屋の主人。人の心の機微を熟知している様子で…
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み