第3章 第5話

文字数 1,846文字

「私は静岡県警捜査二課長の青木裕紀と申します。貴女は現在ある容疑をかけられているためにここに来ていただきました」

 間宮由子、旧姓河口、50歳。東京都江東区出身。都立日々矢高校から早稲田大学文学部卒。講壇社入社後、俳句新人賞を取り俳壇デビュー。

「私に? 私が何をしたって言うのですか?」
 
 テレビのバラエティー番組に出演多数、天然ボケのキャラが人気。
「それは後ほど話します。貴女には黙秘権がありますの…」
「きゃあ〜〜」

 離婚歴4回。その類まれな美貌で、数々の男性と恋愛関係を持つ。
「はい?」
「なんか〜 刑事ドラマ見てるみたいっ ホントに言うんだそれ〜」
「…その様に定められてますので。え〜黙秘権がありますので、自分の不利になることは無理に言わなくても構いません。」
「じゃーー、言ーわないっ」
「そうですか…」

 中学生時代、番長グループに属し、所轄署に暴行、窃盗などで補導歴多数。その頃の通り名は『赤サソリの河口』。俺の『沼津鮫』も大概だが、何だ赤サソリって?

「…」
「…」

「っプハー やっぱ無理〜 なんかお話しましょう♫」

 あくまで天然キャラを通すつもりらしい。そろそろギアを上げていくとしよう。
「では。貴女には贋作をそれと知りながら入手した疑いと、」

 それまでの天然キャラが崩壊し、猜疑心に満ちた表情となる。
「何それ?」
「貴女はこの小倉遊亀の絵を贋作と知りながら手に入れ、」
「ホンモノですっ」
「ですから、」
「この絵は、ホンモノですっ」
 目を見開き、俺を睨みつける。ようやく本性が見えてきた。

「その証拠は?」
「だって、見てくださいこの特徴的な色遣い。小倉ならではの柔らかな曲線。そして何より紙の質感。小倉先生の真作に違いありませんっ」
「…と、誰が言ってたのですか?」
「これを売ってくれた画商の方ですが何か?」

 よし。ここまでは想定通り。ようやく枝が見えてきた。
「と言うことは、貴女自身は真作と贋作の見分け方とか、」
「知る訳ないでしょ。だってホンモノなんだからっ」
「…では、こちらが宿に飾ってあったホンモノです。ご覧ください」

 間宮は一瞬ハッとした表情となる。が、すぐに表情を整え、
「あら。そっくり。でもこれはニセモノね」
「その根拠は?」
「だって、色褪せてるし、なんか古ぼけてない? 小倉遊亀先生らしさが見えないわ」

 証言が曖昧になってきた。そろそろ本腰を入れていこう。
「こちらのホンモノは7年前に宿が東京の有名な画廊から鑑定書付きで購入されたものです。間宮さん、貴女は鑑定書はお持ちですか?」

 眉を顰め、首を振りながら、僅かに唇を震わせ、
「そ、そんなのないわよ〜 だってホンモノだし…」
「では、その絵を買った画商について話を聞かせてください」

 目を瞑り、天井を見上げながら、
「ダーメ。ナイショ。」
「そうですか。そのお話を伺えない限り、この取り調べはずっと続きますので。」
「絵ーーー、いやだぁ」

 また元の天然キャラに必死で戻ろうとする。僅かに額の汗が光っている。
「……」
「あらっ?」
「何か?」
「あなた、よく見ると〜 ちょっとステキね♫」
「どこがですか」
「顔よ、顔。せんぱい程じゃないけど〜」
「せんぱい、とは?」
「金光せんぱい」

 そうか。あくまでキャラですっとぼけて乗り越えようとするか。警察も甘く見られたものだ、ではそろそろ仕上げに入ろうか。

「金光軍司にも午後事情聴取を行います。」

 一瞬で顔が般若のようになる。
「え… ハア? あの人には関係ないでしょっ ダメよ、駄目!」
「彼は任意での取調べを承諾してます。貴女が話して下さらなければ、彼と、あと島田光子にも…」
「待って。あの人たちは関係ないっ そんなの酷い!」

 口調も甘ったれたキャラ風から、元々の本性であろう東京の下町風になってきている、よし、あとひと押しだ。
「仕方ありません。貴女の供述が取れないなら、彼らから時間をかけてみっちりとー」
「ズルッ インチキ男! 卑怯者!」

 俺が目配せをすると山岸が席を立ち、
「オイッ 課長に向かってなんて事を言うのだ、いい加減にしろ! この元ヤンキーがっ」
「ウルセー、黙れボケ。テメエ調子こいてんじゃねえぞ、コラ」

 よぉし、上出来だ山岸。間宮は完全に素を出し始めた!
「お二人とも、当分東京には戻れないでしょうね。島田は店に戻れず、金光は病院でリハビリも出来ず…」
「ちょ、待てコラ! ざけんな、関係ねーだろあの人には! やめろ!」
「少し休憩しましょう。山岸、行くぞ」
「は、はい…」

「待てやおるあー、逃げんかテメー」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み