第1章 第9話

文字数 1,140文字

「それで、岩倉は私が絵を集めているって聞いたって」
「へー、そうなんだ?」
「はい。で、お詫びに格安で買える画商を紹介したいって」
「絵画かあ。そういえば…」

 今の旅行代理店に転籍する前、俺は大手都市銀行の支店長だった。バブル期ほどではないが、顧客の資産絡みで絵画のやり取りは日常業務内。

 一時期絵画、特に日本画家の作品の値崩れがひどく、資産評価の頭痛の種であった。しかし最近は主に外国人の買い支えが入り、その価値が年々上昇傾向にある。

「それで先日、その岩倉と画商が家に来て、私の大好きな画家の絵をー きゃー」
 本当に嬉しそうに身悶えをする由子。因みに誰の絵を?
「小倉遊亀さんのです♫」

 渋い。シブすぎる。俺も詳しくは知らないが、日本の現代女流画家の原点とも言うべき大御所だった気がする。
「色遣いとか、超カワイイじゃないですか?」

 直ぐにググール老師に問い合わせると… うーん、なんか思っていたのとは違う。大物感ゼロ、俺でも描けんじゃね? 何この日常感溢れる…

「そこですよ! 俳句だって誰にでも詠めるでしょ。小倉先生の絵も誰にでも描けそうでー」
「あああ、成る程。描けそうでー描けない。間宮先生の俳句と同じ、か」
「ウフフ。この親しみ易さの裏にある突き抜けた才能。手が届きそうで届かない… すぐに抱けそうなのに、抱けない〜」
「それ、由子ちゃんそのものじゃんか! アホ!」
「キャハ、せんぱいったら♫」

 溜め息しか出ない、この魔性ちゃんには。光子を呼ぼう、今直ぐ…
「大好きな小倉先生の絵、三幅を格安でっ もう幸せすぎて死にそう〜」

 由子が帰った後、洗濯物を届けてくれた光子にその話をすると、
「へー。そんな事になってたんか」
 棒な返事に呆れながら、
「嘘つけ。オマエ全部知ってたんだろうが?」

 光子はニヤリと笑いながら、
「へへへ。ま、うまく収まったからいいじゃねえか」
「ったく。下手したら恐喝で捕まるぞアイツら…」
「そんな下手打つ訳ねーだろ。アイツらが」
「…まあ、そうか。そうだな」

 確かに。妙に悪知恵の働く奴らであった、昔から。
「そーだ。信じろ、仲間」
「んーーー、仲間、かあー」
「仲間だろ。ゆーこを守る」

 ったく。仕方ねえなあ、地元の奴らは。
「そうだな。あ、お前も由子の句会、勿論行くよな?」

 まるで血の滴る松阪牛を目の前にしたハイエナの如く、光子は両目を見開き口から涎を垂らしながら、
「行く行く行く行く行く行く逝く〜」
「そんな… カワイイ顔して悶えないでくれ…」
 と揶揄うと、

「ば、バカヤロウ、おま… おう、リハビリだリハビリ! オラ、立てコラ!」
「かしこまりました女王様。今日のメニューは何でしょうか?」
「天辺目指せ、てっぺん! 桜木なんかに負けてんじゃねーぞコラ!」

 だから、リハビリ王は…
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