第18話 タンジェリン

文字数 640文字

 自宅で仕事の途中、席を立ち書斎を出た。あれは5月初旬。14時半だったと思う。
 僕の足は迷いなく玄関に向かい、下駄をつっかけると傘をさして、さわやかな軽い雨のなか水たまりを跳び跳び、途中でアメスピ・ライトを買って、女の部屋に行った。セックスしたいむらむらとした気持ちが、季節に感応して湧き出たようだった。
 アパートのドアを開けた女は僕の顔を見ると、思いがけないよろこびに出会ったように笑顔を輝かせた。演技しないではいられない性格の女なのだ。そんなことはどうでも、大学生に似合わず下品に淫靡なメークが僕好みの童顔だった。

 この女子大生の部屋には仏壇があって、朝と夕、線香のかわりに蚊取り線香を上げている。母親の位牌だと彼女は云っているが、それもアヤシイものだと僕は思っている。
 雨があがって昼の日射しが伸びる布団に彼女を押し倒してねっとりとした舌をあじわった。サワー系のポテトチップのテイストがした。

 した後、僕がシャワーを浴びている間に、女は外に出たようだった。ちょっとコンビニにでも出かけたのだろう。タオルで頭を乾かしながら仏間と寝室をかねる畳の部屋に僕がもどりかけたとき、
「あんた最近よく来るね」とお婆さんの声がした。僕はびくりとしたが全裸の僕を見上げる60歳くらいのお婆さんは、動じることもなく僕のこたえを待っているようだった。座布団に座って僕を見上げているのは、白髪をお団子にまとめた猫背の小さなお婆さんだ。要するに、壁に穴を開けて隣室を覗き見するタイプと見受けられた。

 
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