第42話 Seashell

文字数 1,089文字

 部屋の中央、光の射しこむなかに、頂のガールフレンドは裸で展示されていた。縦に半分に切断された彼女の体は立った姿勢で置かれ、貝殻を開くぐあいに、断面をみせていた。臓器が描く複雑模様の切断面は見事にコーティングされていてすべらかだったが、それでもそこからはA氏の匂いが漏れでていた。アーモンドの甘い香りがしたのだ。
「彼女のなかにA氏がいたのだろうか?」頂は呆然とした気もちで言った。
「どうかな」と看護師は小首をかしげ、「でもまちがいなく手がかりね」と首をおこし、頂の目をみて言った。
 頂は震える。
 おそろしいことが起き、そのまえの重要な記憶が彼には失われている。
 手術されたのはオレではないのだ、あたりまえじゃないか、と頂は考える。オレは嘔吐して気絶しただけだし、施術台に寝ていただけなのだ。服を靴も着けたままだ、とあらためて思った。
「オレがこんなことしたのか?」頂は絶望して言った。
「あなたにできるわけないじゃない。先生よ」と看護師は言った。
 そう言われてもガールフレンドの死体は、疑惑の影を彼の足元に投げかけたままだった。
 看護師は頂が立っていられるのを確認すると、彼から離れてサイドボードに行って医療用の手袋をはめた。
 彼女は頂のガールフレンドの体を閉じた。首からお尻にかけての皮はつながっていたので、背後からみると、思わず頂はその肩に腕をまわして彼女を外につれだす幻覚をみる。木立のなかをそのようにしていっしょに散策するのだ。もちろん彼女はもう歩けない。シャワーを浴びることもなければ、さくらんぼを口に含んでオレに誘惑のまなざしをむけることもない。
「愛してたの?」と看護師は彼に言った。
「彼女はセックスもする友だちだったんだ」と彼はこたえた。
 それにしても死体というものは不思議な感覚を見る者に与える。生きている人間は恐ろしい。死体は不思議だ。ガールフレンドの死体も例外ではなく、不思議だった。頂の体は震えたが、彼に現実感はなかった。

「あの先生のことだから、あなたのガールフレンドの中身、魂っていうのかしら、体の外にでちゃったから霊? ビンにつめてどこかに保管してるかもよ」頂の帰り際に看護師が言った。
 頂があまりにも暗い顔をしていたからだろう。頂はもちろん本気にしなかったし、看護師に悪意がないこともわかっていたので怒りもしなかった。慰めようと発した言葉が不器用だっただけだ、と。
 きき流した。
 どうしてこのようなことになったかについては、後で先生から説明があるということだった。
「わたしからは何も言えないの。起きたら帰すように指示されてるから。安心して帰るようにって」
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