第38話 鼻び(HANA-BI)

文字数 768文字

 ぼくの手にしていた牛乳がアスファルトに落ちるのと、鼻びが炸裂するのが同時だった。
 牛乳はビンに半分以上も残っていたのがビンが割れて撥ねてぼくのパンツやシャツを濡らし、鼻びは彼女の顔を信じられないほどの大量の血に濡らした。
 (秋に花火などするからイケナイのだ。湿気たりで、花火はおかしくなっていたのだ)ぼくはミサキのもとにかけよって、地面にくずおれた彼女をのぞきこんだ。泣き叫ぶ彼女の鼻は粉々になってどこかに消えていた。

 家に遊びにきていたミサキが、いっしょにお昼を食べたあと、花火をしようという可愛らしい気まぐれを言い出したのだ。
 ぼくが着火して、斜めに立てたコカ・コーラの青緑がかったビンから発射したロケット花火が、狂った螺旋軌道を描き、シュッとミサキの鼻に侵入して炸裂したのだった。
 (ぼくは責任をとって彼女と結婚しなければならないだろう。高校卒業前に、明日にでも籍を入れて、彼女と彼女の両親、兄妹、祖父母、親戚ぜんぶを安心させよう。なによりもミサキをしあわせにしよう……)秋の白昼が、真空のように無音になる。自分がミサキになにを言っているのかすら耳に入ってこない。もちろん地面に身もだえして絶叫する彼女もなにも聞こえない状態だろう。
 異変に気づいて走りでてきたぼくの母親はぼくたちを見て何か叫び(叫んだのだろうと思う)、口に手をあてて立ちすくんだ。そして家の中にあわてたようにかけもどる。
 (夢のような現実はなにも今日がはじめてのことではない)ぼくは自分に言い聞かせる。(夢のような非現実的なことはこれからもずっとつづくだろう)
 ぼくはアスファルトに膝をつき、ミサキの鼻びを見ながら、(この上なにがあっても、きみをしあわせにする。全身全霊をかけてきみを護る。温かい家庭をつくろう。だいじょうぶだからね)そのまま救急車を待った……
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