第8話 ぼくがこれまでにしたなかで一番悪いこと

文字数 870文字

 クリスマスは六本木のミッドタウンに例年どおりでかけた。いつもとちがっていたのは相手が男だったことだ。理解してもらいたいのだが、ぼくはゲイではない。彼もゲイではない。なぜこんなことわざわざ断(ことわ)ったかというと、ぼくは他人(ひと)の生き方にけちをつける人間ではないとわかってほしいのだ。人がそれぞれちがうのは当たり前だし、だからぼくのことも非難しないでほしいのだ。最近ではLGBTQ以外はおとなしくしていろと言われているようで夜も寝られない。LGBTQじゃないぼくのことも理解してほしいのに誰も理解してくれない。そんな気がしておちつかないのだ。だから今年はガールフレンドができなかったとか、そんなことを言っているわけではないけど。
 とにかく今年の相手は男だった。クリスマスの夜。イルミネーションが寒さを際立たせてさわやかに目に鮮やかだ。
 いっしょに行った相手の男というのがぼくと同い年の芸大生なのだが、ぼくがこれまでに会ったなかで一番、目の数が多い人間だった。顔だけでも目が50個以上ある。服を脱いだら1000個はあるのじゃないか? ぼくは一度サウナで彼の裸を見るはめになったのだが、ついに正確な数をかぞえおえることができなかった。

 ぼくは彼にイルミネーションをひと目でも見せないために、手や足をふりまわして彼の目を閉じた状態にたもとうとやっきだった。ぼくはけっきょくストレスで頭がおかしくなっていたのだろうか? 世界一多くの目をもつ男をイルミネーションのメッカにつれていき、その目的が彼が見るのを邪魔することだったとは?
 ぼくは狂ったように動き回り、そのせいで彼の目になんどもなんどもぼくの指が入った。
 彼は50個の目で涙を流し、ぼくも泣いた。

 23時にイルミネーションが消えるとぼくはやっと落ち着いて動きを止め、彼とぼくは疲れのためか肩を抱き合った。
 やがてぼくらはベンチに身をよせあって座り、闇につつまれた静けさに耳をかたむけたあと、自然にキスしていた。それはお互いの愛が融(と)け合うようなキスだった。
 そんなクリスマスだった。
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