第86話 帰省

文字数 858文字

 入魂てなんだよ。汗が目に涙。暑すぎるんだよ。皮を脱いで使いたい。
 皮の用途は多岐にわたるが、ジクジクと液を湿潤した姿をさらすのは忍びない。そこでオレは自らの皮を剥ぐかわりに歯磨きし、肉を噛み噛みストロベリーホンデュのように血を湧かせ東京駅まで30分、駅構外へと出れば炎天下。
 ジリジリと傷が痛むが
「ラムネを売りますから買ってください」とOLたちの足にすがりつきクンクン世界を知れば、売れるまえに改心し、巡査にひったてられ旅順入城。結婚式はコペンハーゲン。
 なつかしい。稲穂をゆらしてオレの頬をやわらかく風がなでる。
「社長! オレをクビにしてください。退職金を10億円ください、税金は払いません。払えないんです、オレは貧乏です」
「貧窮に苦しんでいるのなら奴隷のように働きなさい。わたしは君を雇い続けることに定めたよ」
「そんな殺生な。オレなんか蛆に費消された糞ですよ。ほのかな香りも残ってはいない」
「なにをいう、しょーゆー」

 てなわけでオレは惣菜売り場をウロつき、目に付く誰彼に
「ラムネを買っていただけませんでしょうか」
「ラムネとは、あの錠剤みたいな?」
「そうですそれです。慧眼だなあ。暑いときにはあれを噛んでアブクを吹くのです。夜がすごしやすくなりますよ」
「それは買いたいなあ。9億9999万円でいいかね」
「ダメですよ。あなた誰ですか」
「聞かないでくれ。家出中の大富豪だよ。おもわず君にだからいってしまったがね。誰にもいわんでくれ。妻が知ったら泣いてよろこんでしまう。愛着障害のわたしは、誰もよろこばせたくないんだ」
「ならば一万円上乗せして、おうちに帰ったらどうです」
「なにをいう、しょーゆー」

 生きることは難しい。
 なにかがちがう。なにかがちがうんだ。
 ジャガジャガヒシャヒシャと、ジャガイモとともに炒められるこの気持ち。言葉をみつけることが出来ない。死ぬ前に一度でいいから桑の実で唇汚して君に会いたかった。
 さよなら。僕は君ののどを通って消えていく。
 のどごしを、自分が潰され感じるのは最初で最後だ。ありがとう。
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