文字数 993文字

 こうして今夜の舞踏会における御三家ーーバルダー家、クラバー家、スナイプ家が広間の上座で優雅な交流を続けているあいだ、他方では彼らより下の階級の人々が御三家の真似事をしていた。
  第97歩兵連隊の中でそれほど格が高くない者は、同格の造船所員の家族と交流している。弁護士の妻たちやワイン商の妻は違う階級との接触を試みている(そのワイン商の夫人はバルダー家に声を掛けていた)。そして郵便局を営むトムリンソン夫人。彼女は周囲と当人の相互の合意によって商人たちの集団の仕切り役に選ばれているようであった。

 中でも目下のところ最も異彩を放っていた人物の一人は、小太りの体型に禿げ上がった黒髪の男、第97歩兵連隊の軍医スラマー氏であった。彼は皆と嗅ぎタバコを交わし、歓談し、笑い、踊り、冗句(ジョーク)を飛ばし、ホイストで遊び、あらゆる場所、あらゆる手段で人と交流していた。文字通り手を替え品を替え、といった様子だったが、その小太りの医師はそれよりも何よりも大切な目的を果たすことに躍起になっていた。彼が絶えず熱い視線を這わせているその先に、背の低い年配の未亡人がいた。その豪華なドレスと数々の装飾品からは、彼女が限られた収入だけでなく、十分すぎるほどの資金を得ていることがうかがえた。
 
 スラマー医師と未亡人を見る、タップマン卿と彼の相棒。何度か目を見合わせた後、相棒の方が沈黙を破った。
「金満家の淑女に、気取り屋の医者。悪くはない。良いぞ、面白くなってきた」
 ジングルの口から出たのは、そんなあからさまな言葉だった。タップマン卿は興味津々で彼の顔をのぞき込み訊いた。
「あの御婦人は誰なんだい?」
「さぁね。見たことの無い顔です。あの医者に割り込んでやろう。それっ」
 ジングルは即座に広間を突っ切るやいなや炉棚にもたれかかり、未亡人のふっくらと豊かな顔に向かって、敬愛と切なさを含んだ視線を注ぐのだった。タップマン卿は驚いて言葉を失った。
 ジングルはサッと前に進み出た。スラマー医師は他の女性と踊っている。未亡人が扇を取り落とした。ジングルがそれを拾い、彼女に渡すーーにこりと微笑んで一礼ーー未亡人が膝を曲げて会釈し、それをきっかけに二言、三言の会話を交わした。
 ジングルは堂々と上座へ歩いて行き、舞踏会の支配人を伴って戻って来た。そしてさりげない身振りで未亡人を踊りへ誘い、2人はカドリールの位置に就いた。
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