文字数 892文字

 この時のピクウィック卿の演説の模様は討論の結末と共にピクウィック通信の中に記載されている。そのどちらも他の著名なクラブの討論とよく似たものだ。
 偉人たちの言動から類似点を拾い出すことは往々にして面白い気付きの糸口になるものなので、その記事を以下数頁にわたって転載することにしよう。

 ピクウィックさんは、「名声は誰にとっても大切なものだ」と仰いました。(秘書・談)
「詩作における名声は友人スノッドグラス君にとって。女性を口説くことにかけての名声は、同様に友人タップマン君にとって。そして運動場、野山、水中のスポーツにおける名声は友人ウィンクル君の胸の一番大事な場所にあるでしょう。

 わたくしピクウィックは情熱や人情に動かされていることを否定しません。(喝采)
 ひょっとしたら、人の弱さにほだされているとも言えるかもしれません。(『そんなことはない』と大きな声)
 ですが、たとえ利己的な欲の炎が胸の内に燃え上がったとしても、誰かの為になりたい気持ちが先回りしてそれを鎮火させてしまうでしょう。

 人間礼賛、私の甲斐性。博愛精神、私の稼業。(熱烈な声援) 

 トンギョの学説を世に放った時は、私も幾ばくか鼻の高い気持ちになったことを認めましょうーーこの言葉に、彼を快く思わない者は「ほれ見たことか」と思ったーー称賛されたか否かは分かりかねますが。(『された』の声に続き、大きな喝采)
 ではたった今聞こえた名誉あるピクウィッキアンの声を尊重しましょうーー称賛された、という主張をね。しかし私のあの論文が世界の果てまで浸透したとしても、その著者であることを自慢する気持ちなど、ここで皆さんを見渡しながら話している瞬間の無上の誇らしさに比べたら、何でもないのです。(喝采)

 私は卑しい人間です。(『違う、違う』の声)
 それでも、栄光を賜り、時には危険に立ち向かう役目を仰せつかったことは、誇らずにいられません。外の世界がどんな様子か想像してみましょう。旅は前途多難。馬車の御者たちは取り乱している。郵便馬車はあちこちでひっくり返り、船は転覆。ボイラーは爆発。(喝采ーーその中に、『やめろ』の声あり)

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