文字数 888文字

 3人の同行者たちが新たなる知人にしきりと礼を述べるのに専念している間、ピクウィック卿はその若者の服装と外見を観察していた。

 背丈は普通だが、ほっそりした体と長い脚のおかげで実際よりずっと長身に見えた。緑色のジャケットは、かつてそれが燕尾服として着られていた時はたいそう垢抜けた衣装だったはずだ。汚れて色褪せた袖口が若者の手首に届くぎりぎりの位置にあることから見て、元々は若者より小柄な人物が着ていたであろうことは明らかだった。

 ボタンは顎の下までピッタリ掛けられていて、背中の方は今にもはち切れそう。襟無しシャツの首もとは古いストック・タイで飾られていた。

 丈の足らない黒ズボンは、穿き古しであることを示すテラテラした跡があちこちに付いている。そのズボンの裾は汚れた白靴下を隠すため、ボロボロの靴にかなり念入りに括り付けられていたが、その甲斐も無く靴下は丸見えだった。

 つまみ上げられた跡のある古い帽子からは、長い黒髪が無造作に飛び出しうねっている。上着の袖口と手袋の隙間からは手首の肌がちらちらと見え隠れしている。顔は痩せてやつれている。そんな姿ではあったが、得体の知れない快活さと厚かましさ、そして完璧な落ち着きぶりが彼の全身からは伝わってくるのだった。

 ピクウィック卿の眼鏡越しに(御者に叩き落とされたそれを、彼は運良く取り戻していた)、若者はそのように映っていた。3人の同行者たちは疲れきっていて、ピクウィック卿は彼らに代わって若者の一連の手助けに対し選りすぐりの言葉で心からの礼を述べた。

「や」若者はごく短い言葉でその礼を遮った「じゅうぶんですよ、もう。しかし手強い男でしたね、あの御者。なかなかの腕っぷし。もし僕がそちらの緑のシューティング・コートのご友人だったら、何くそっ、頭に一発かましてやれたでしょうに。それから言ってやるんです『トロトロしてる場合じゃないぜ。パイ売りともども、(ブゥ)の音も出ないくらいパパッとのばしてやる。トンチキ野郎め』って」

 ロチェスター行き馬車の御者がやってきて「コモドー号、間もなく出発します」と呼び掛けたことで、この会話は途切れた。
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