文字数 1,039文字

 やめませんよ!(喝采)
 大きな声で『やめろ』と言った素晴らしいピクウィッキアンは前においでになってください。否定できるものならしてもらいましょう。
 誰なんでしょうねえ、『やめろ』なんて言ったのは。さしずめ私の研究が評価されたことをーーおそらく理不尽にーー妬んで対抗しようとちまちま手を尽くすも、ことごとく非難にさらされて気を悪くしている人でしょう。裁縫道具の何某さんとは申しませんがねえ。虚栄心が強くて失意にうちひしがれているので、こんな不愉快で中傷じみた物言いを」

 (オールゲートの)ボタン氏が異議を申し立てた。
「このお偉いさん、私に当て付けを言ってるんじゃないかね(『異議あり』『議長』『そうだ』『そうじゃない』などの叫び声)」
 ピクウィック卿は屈しようとしない。
「お偉いさんに向かって当て付けを言っているのはそちらでしょうに(座が大いに盛り上がる)」
 ボタン氏は次のとおりの一点張りである。
「このお偉いさんの欺瞞と下劣な言いがかりは受け入れられんよ。(大きな喝采)
 この人はペテン師だ。(大きなどよめきと『議長』『異議あり』の怒号)」

 スノッドグラス卿が異議を申し立てた。彼は椅子に飛び乗る。(『謹聴』の声)
「このまま両名の小競り合いを続行させて良いものでしょうか。皆さんいかがお考えですか(『謹聴、謹聴』の声)」

 議長はこれでボタン氏が発言を撤回するものと確信した。
 ボタン氏は言う。
「全幅の敬意を込めて申します。断固として撤回はいたしません」
 ボタン氏の口をついて出たこの言葉は額面通りのものなのかと議長が尋ねると、彼はいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「違いますよ。こいつはピクウィッキアン流のノリってもんです。(『謹聴、謹聴』の声)
 正直な言い方をすれば、このお偉い人のことは尊敬してるのです。ペテン師と言ったのもピクウィッキアン流のノリのつもりでした(『謹聴、謹聴』の声)」

 ピクウィック卿は名誉ある友人のこの公正で真っ直ぐで精一杯な釈明に、たいそう気を良くしてこう言った。
「私の発言もピクウィッキアン流の洒落のつもりだったのです。ご理解いただけますかな(喝采)」

 記事はここで終わっている。とても満足のいく分かりやすい結論に行き着いたところで、おそらく討論もお開きとなったのだろう。

 次章で語られる出来事が事実であるという公的な記録は残されていない。だが一連の物語は書簡やその他文献の入念な調査に基づいて綴られたものなので、その信憑性を疑う余地は無いだろう。
 


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