文字数 440文字

 つねに時間に忠実な使用人が1827年5月30日の空を朝日で満たしたその時、ピクウィック卿もまた眠りの底から昇り来る第二の太陽のごとく、パッと目を覚ましていた。部屋の窓を押し開け、眼下の景色を見渡す。

 ゴスウェル通りは足元に在る。
 ゴスウェル通りは右手に在り、視界の限りまで続いている。
 ゴスウェル通りは左手に延びている。
 ゴスウェル通りの反対側は、道に沿って走っている。

「こういう考え方はね」ピクウィック卿は思う「視野の狭い哲学者がやるものだ。彼らは目の前の物事を考察することで満足してしまって、その向こうに隠された真実にまで考えが及ばないのだよ。だけどかく言う私も、ゴスウェル通りを眺めることに終始して、街の外側のまだ知らない土地まで足を伸ばす努力を一つもしていないんじゃないか」
 上品にひとりごちた後、ピクウィック卿は身支度を整えて、着替えを鞄に詰めた。

 偉人というものは身なりにほとんど気を遣わないものだ。髭剃りも身支度も、それにコーヒーをすするのもサッと済ませてしまう。
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