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「あの青年がたくさんの国を渡り歩き、人や物をとてもよく観察してきたことは、目にも明らかでしょう」とピクウィック卿は言った。
「ぜひ彼の詩を読んでみたいものです」
 これはスノッドグラス卿の言葉。
「僕は彼の犬を見てみたかった」
 続けてウィンクル卿。
 タップマン卿はというと、何も言わずにうちひしがれていたが、その胸中ではドナ・クリスティーナ嬢のこと、例の胃洗浄器のこと、噴水のことを思っていて、目には涙が溢れていた。

 談話室は使用中で、客室もまだ点検中だった。夕食の注文を済ませたところで、4人は辺り一帯の様子を探索しに繰り出した。

 ストラウド、ロチェスター、チャタム、ブロンプトン。これら4つの街に関するピクウィック卿の記録を読み漁ってみたのだが、街の外観に対する印象は、これらの土地を通過した他の旅人たちのそれと比べて特に違いは見られなかった。一般的な情報は簡潔にまとめられている。

「この地域を支えているのは主に兵士、船乗り、ユダヤ人、チョーク、小エビ、役人、船大工といったところだろう。路地の商店が扱っている品は主に魚介の保存食、堅パン、リンゴ、ヒラメ、牡蠣である。
 
 兵士たちの陽気さによって通りは生き生きと輝いて見える。屈強な兵士たちが、覇気をみなぎらせながらも酒に酔って千鳥足でヨタヨタと行き交う様は、人間の幸福と健康を希求する者にとっては実に晴れやかなる光景だった。彼らの周りを地元の少年たちが付いて歩き、冗談を飛ばし、手頃で他愛もない遊びの材料にしていたのを思い出すと、ますますカラリとした気分になる」

「あの兵士たちの胆の据わっていることといったら、他に勝てる者はいないだろう」ピクウィック卿はこう付け加えている「私たちが到着する、まさに前日のことだそうだ。一人の兵士が酒場の主の家で激しく罵られていた。酒場の女給は彼に、もう酒は出せないときっぱり断った。それならばこっちはこれを出そうと兵士は銃剣を突き出し、(ほんの冗談のつもりだったのだが)切先で女の肩を傷付けてしまった。翌朝、その御立派な男は真っ先に店主の家へ出向き、『昨日の事は見逃しましょう。起こった事も忘れることにします』と言ったそうだ」
 ピクウィック卿の記述は続く。
「この土地の煙草の消費量はかなり多いと見た。街を埋めつくすヤニ臭は、愛煙家にはさぞや旨いに違いない。ただの旅行となればこの街独特の不潔さに文句も言いたくなるかもしれない。しかしこれも交通と商業の発展の成果だと捉えるならば、この状況は申し分なく素晴らしいものということになろう」 
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