文字数 1,130文字

 以降の記述は秘書の覚え書きから拝借したものである。
 
 通りすがりの野次馬の目には、そのツルツル頭と丸眼鏡に何ら変わったところは見あたらず、決議が読み上げられる間も、ただ私(秘書)の顔をじっと見据えているだけにしか見えなかったかもしれない。

 だが一方、「あのおでこの内側では、馬鹿でかい脳が思考をめぐらせているに違いない。あの丸眼鏡の奥では、鋭い眼光がきらめいているに違いない」と信じ込んでいる面々にとっては、それは実に興味引かれる佇まいだった。

 ハムステッドの広大な池の水源を調べ上げ、トンギョにまつわる学説で科学の界隈を震撼させたその御仁は、凍てつく日のハムステッド池深くの水のように、またあるいは土製の壺の奥底に身をおく1匹のトンギョのように、静かに、微動だにせず座していた。

 するとここで、場はもっと面白い光景に包まれた。支持者たちが一斉に「ピクウィック」と唱和すると、偉大なるその人物が生き生きと動きだし、それまで座していたウィンザー・チェアの上にやおら立ち上がり、自身が主催するクラブの面々に向かって演説を始めたではないか。

 絵描きの修行にこれほど良い題材は無いだろう!
 片手は優雅に燕尾服の尾っぽの下に隠し、もう片方の手は演説の熱気を煽るように空中で躍らせ、雄弁に語るピクウィック卿。高い位置に立つことであらわになっているタイツとゲートルは、並みの者が身に付けるぶんには見向きもされないような物だったが、ピクウィック卿が身に付けると、言うなれば畏敬の念を禁じ得ないものになるのだった。

 傍らには旅の随行者として名乗り出て、発見の栄光にあずからんとする者たちが控えている。
 
 右に控えるはトレイシー・タップマン卿。すこぶる情にもろい男で、年かさ相応の知恵と人生経験がありながら、人間の弱さの中で最も可笑しく、いたしかたのない性ーーすなわち愛に関しては少年並みの情熱をもった男である。
 かつて夢のようにスラリとしていた肢体は歳月と飽食によって肥え太り、黒いシルクのチョッキはどんどん寸法が大きくなり、チョッキの下から垂らした懐中時計の金鎖も1インチまた1インチと彼自身で覗き込むことが叶わなくなっている。タップリした顎肉が徐々に白いスカーフを飲み込みつつあっても、女性に恋い焦がれる気持ちは今でもそんな彼の心の中心を占めているのだった。

 偉大なる主催者の左に控えるは詩人肌のスノッドグラス卿と、さらにその左にスポーツ好きのウィンクル卿。
 前者は犬毛の襟付きの神秘的な青色のマントを羽織って詩的な出で立ち、後者はおろしたての緑色のシューティング・コートにチェック柄のネッカチーフ、鳶色のピッタリとしたズボンがたいそう様になっている、といった風情である。
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