第5話

文字数 968文字

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、僕と上山は放送で呼び出された。
「うっといな」
 机の上に足を乗せて後頭部をばりばりと掻いている彼は、もしかしたら行かないつもりなのだろうか。対して、面倒事は嫌な僕は素直に席を立った。
「あ、おい待ちぃや」
 そそくさと教室内を抜けようとする僕を、上山が追ってくる。
「行かんかったら、もっとダルいことになるからな」
 隣に来た彼は、しゃーなしやで、と言ってまた笑った。誰のせいでこんなことになっているかわかっているのだろうか。
 予鈴がなった後の廊下は人気がなく、並んだ教室から聞こえてくる声を背に、僕たちは階段を降りた。
「……大丈夫か?」
 え、と言葉が詰まった。上山が、柄にもなく真剣に、僕を心配していたからだ。 
「なにが」
「いや、行ったらまたアイツにウザいこと言われるやろ」
 八代のことか。確かにそうだろうが、
「行かなきゃもっと面倒だって、その、上山くん……も言ってたでしょ」
 教室にいる時と比べれば上手く声が出たが、彼の名前をどう呼ぶべきか迷い、一瞬だけ詰まった。
「せやな」
 唇を「に」の形にした顔を見て、すこし安心した。
「心配すんな、俺がうまいことやったる」
 お前がいなければ、僕は今日も平凡に生活できたのに。その言葉は出てこなかった。
「それと、樹って呼んでや」
「うん」
「あーあ、大阪帰りたいわぁ」
 保健室は一階だ。踊り場の窓から、持久走のために校庭に集まる青いジャージの後輩、一年生が集まっているのが見えた。
「あの、さ。大阪って、給食にたこ焼きとか、お好み焼きとか、出るの?」
 結果的に無視してしまったような会話の終わりが気まずくて、答えはどうでもよかったが、そんなことを質問する。
「そんな話、どこで聞いてん。前の中学、弁当やったし」
 出まかせの台詞だったので、返答に困る。だが、気まずい空気は薄まったので、まあいいだろう。
「じゃあ、お弁当にはたこ焼きとか、入ってた?」
「どんだけ大阪のイメージ古いねん」
 友達、と呼べる関係。そんなものがあれば、毎日こういう中身の無い会話を楽しめるのだろうか。
「い、樹……は、あんまり大阪っぽくないけど」
「聖、もしかして大阪の人間はみんなヒョウ柄の服着とるとでも思っとんのか」
「まあね」
 樹はよく笑う。
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