第13話

文字数 1,445文字

 目が覚めると、窓の外は暗かった。樹は僕の隣で眠っていた。優しいのか、単純に寝相が悪いだけなのか、僕だけが毛布を被っていた。そうだ、家に電話をしないと。
「いつき、樹」
 寝ぼけたまま隣で眠る無防備な頬を叩く。いつも学校で眠っているのに、その幼い寝顔を見るのは初めてだった。
「んあ、なに」
「電話借りていい? 家に連絡するの忘れてた」
 樹は半分眠っているような様子で、居間、とだけ呟き、寝返りをうった。独占していた毛布と掛け布団を露出した腹に被せ、ドアノブに手をかける。
「今日、泊まって行きや。クリスマスだから」
 理由になっていない理由。口が達者な樹らしくないな、と思った。そういえば、今日はクリスマスイブだったか。母さん、想像以上に怒ってるかもな。
「うん。聞いてみる」
 帰ってきなさい、と言われても、もう帰るつもりはなかったけれど。
 リビングに出て、空いた胸元のボタンを直しながら棚の上に置かれている電話の受話器を取り、自宅の番号のボタンを押す。呼び出し音が一回半。深呼吸をする暇もなかった。電話の向こう側が応答する前に、僕の方から話し始める。
「もしもし。母さん?」
「聖! どこにいるの? 心配してたのよ」
 やはり動揺していた。今まで無断でこんなに帰りが遅くなったことはない。
「ともだ……樹の家にいる」
 友達、というのは腑に落ちなかったので、そう言いなおす。
「樹くん? お友達? いつ帰ってくるの。電話ぐらい早めに寄越しなさい」
「うん、今日は泊まるよ。樹のお母さんが、夕飯を作ってくれるから」
 電気の消えた暗い部屋の中で、僕は嘘をついた。
「そう。今度、樹くんのお母さんに挨拶させてね。明日は遅くなりすぎないこと。それから薬は持ってるわよね」
 心配はしていたようだが、声のトーンが上がっていた。
「ごめん。遊んでたら連絡忘れてて、持ってるよ」
 遊んでいたら、という部分だけ、また嘘をついた。僕が何をしていたか知ったら、母さんは卒倒するだろう。朝晩に飲まなければならない錠剤は、そういえば万が一の時のためにと鞄に入れさせられていた。
「心配だけど、聖にお友達ができて良かったわ」
 怒られるかと思っていた自分が恥ずかしかった。
「うん。優しくて、面白くて、いい子だよ」
 それは、本当のことだった。じゃあね、と言って耳から受話器を離した矢先、母さんの慌てた声が小さく漏れた。受話器を耳元に戻す。
「それと、サンタさんは明日来るからね」
 母さんは冗談っぽく笑って言った。わかった、と笑って返し、電話を切る。ふと時計に目をやると、まだ六時過ぎだった。
 体が完全に目覚めていないようで、横になりたかった。樹の部屋に戻り、狭い布団に潜る。
「いいって?」
 待っていたかのように、彼はこちらを向いた。
「うん。怒られるかと思ってたけど、大丈夫だった」
 やった、と掠れた声で言って、樹は僕を抱きしめる。

 そのあと僕と樹は、何度もセックスをした。下着も脱がないままで身体中を甘噛みしたり舐めたりする静かな行為は、そういう本や動画で見たものよりも随分地味で、性交渉と呼べるのかわからなかった。それでも僕にとっては紛れもないセックスだった。樹はくすぐったがっていたが、うなじと太腿の内側、足の付け根付近の噛み心地が好きだった。なんとか理性を保って、傷をつけてしまわないように努力した。それと、初めて舌を入れるキスをした。
 どれだけの時間そうしていたのだろう。
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