第14話

文字数 1,282文字

 枕元のデジタル時計を見ると、無機質な数字がクリスマスが来たことを示していた。
「不純異性交遊」
 生徒指導の話を思い出して、テーブルの上に灰皿代わりの瓶を置いて、ほとんど裸でタバコを吸う樹の後ろ姿を、同じ格好で布団に潜りながら見て、独り言のように言った。
「不純でも異性でもないから、セーフやん」
 確かに。めちゃくちゃな理論だが、今はそれでいいだろう。
「でも、タバコは体に悪いからやめてほしい」
 出っ張った背骨をなぞる。
「どうしよっかなあ?」
 試すような口ぶりに、僕は起き上がって脇腹をくすぐった。
「ちょ、危ないて」
 揺れた指先に挟まれたタバコから、灰が崩れる。
「ねえ、一口ちょうだい」
 すっと口の前に吸い口が差し出される。恐る恐る吸い込むと、喉や舌が痺れるような苦さに満たされる。すぐに煙が漏れる。
「不味いやろ、やめとき」
 背中をトントンと叩かれる。軽い吐き気。頭がくらくらした。
「樹が先に死んじゃって、僕が悲しむの、嫌なんでしょ」
 意地の悪いことを言っているのは承知だった。
「そうやな、もうやめる。親父が置いてったの、辛いこととか、悲しいこととか、あとは、すげぇ嬉しいことあった時に吸ってただけだから」
 そっか、と返事をする。樹にとっての僕が「嬉しいこと」だったらいい。
 部屋の外で鍵を開ける音がした。続いて、扉が開く音。
「やば、母ちゃん帰ってきた。これ着て」
 樹がさっきまで着ていたスウェットの上下を投げ渡す。慌ててそれに袖を通し、ズボンに足を入れたところで、
「いっくん、寝てんの?」
 はっきりした目鼻立ちが化粧でさらに強調されている、明るい髪で派手の服装の女性が部屋の戸を開いた。
「あら、いらっしゃい」
 ハスキーな声も顔立ちも母親譲りだ、と思った。
「お邪魔してます」
 ズボンに片足だけを通した間抜けな状態での挨拶。樹に至ってはパンツ一枚だ。
「前に言ってた、聖くん? ていうか、来てるなら言いや。知ってたらケンタッキーもっといっぱい買ってきたのに」
 細い手に提げた袋を掲げるように見せる。樹とは違う、標準語と関西弁が混ざったようなイントネーション。
「後でええから! ドア開ける前に声掛けぇや!」
「だって、知らなかったんだもん」
 快活に喋るところも、よく似ている。
「聖くん、泊ってくん?」
「は、はい。よろしくお願いします」
 急いでズボンを履き終わってから、頭を下げた。
「そんな気ぃ使わんとってよ。あたし、何もしてへんし。それから、いっくん」
「いっくんって呼ぶなや!」
「なんでよ。いつもそう呼んでるやないの。もしかして聖くんの前だからって。じゃなくて、タバコ吸うなら窓開けなさい、あと――」
 はいはいはい、と、ぞんざいに返事をする。
「エッチなことするなら、カーテンは閉めぇや」
 かっと顔が赤くなるのが自分でもわかった。きっと樹も同じだろう。彼女は悪戯っぽく笑い、ケーキもあるわよ、と言い残して扉を閉めた。
「……いっくん、風邪ひくよ」
「あほ」
 樹はすっかり拗ねて小さくなっていた。
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