第29話
文字数 3,534文字
彼女の足から紫色の水が流れている。彼女の眉間の力が抜けていかない。どれだけ彼女を苦しませれば気が済むんだ。狙うのなら直接戦いに来ればいいじゃないか。いや、そんな真っ当な人だったら悪い人なわけがないか。
目の前の敵を考えると歯に力が入る。
彼女の血が傷口周辺に紫色になっている。毒抜きをするが、それは腕へと上っていく。
崩れるように地に座り込んだ。彼女には勝てる気がしない。薬を飲むと彼女の眉間への妙力は姿を消した。これで一安心だ。
彼女は僕に飛び込んできた。腕が微かに揺れている。耳に違和感を覚えた。
頭に言葉が流れなくなった。揺れが激しさが増しているからさっきの一言は本当みたいだ。エイビスの手を取る、彼女は力を入れるが、立ち上がれない。仕方ないか。
僕は彼女を両手で持ち上げ走り出す。階段4階分は辛いが登り切るしかない。階段が姿を消していた。ワインズか? 気にしない。
目印のように1階へと続く道が穴がある。柔らかさの入り始めた床。どう行くか。
鉾の衝撃と共に宙へと飛び上がる。頭を真っ白にして光を目指した。
光で照らされたとき、僕は彼女と目が合った。輝きに満ちた、悪くない目だった。不思議な人だ。さっきまでさまよっていた人物とは思えないほど彼女は僕に重みを預けていた。
僕は彼女の体を押さえる。中身のない感触に手が震える。僕は星を解除して彼女をおぶった。
彼女の考えなんてお構いなし。困ろうが僕の知ったことじゃない。
彼女が暴れたとき、その意思を尊重しようか迷う。けどそんなことしたら彼女に失礼に思った。なにより彼女が感謝をつぶやいたのを見逃さなかった。
またファイスの口が潤いそうだ。エイビスさんはなぜか睨むように僕たちのことを見ている。やっぱりあの冗談を真に受ければよかっただろうか、とはいえ僕も彼女と同じ状態になるような気がしていた。
殺気。僕は彼女たちを背に近づく足音に耳を傾ける。皺のない紫色の厚着が目立つ帯で整えられた服。赤色の傘を持った不自然な姿に僕はミカロを彼女に任せた。
彼女の柔らかい言葉と裏腹に矢が空間を砕く。彼女の顔の前で矢は木くずへ姿を変えた。
赤髪の背中を見て突き進む。交代に攻撃を仕掛けるも上空から見ているかのように服すらかすらず攻撃をかわす。
僕の鉾は宙を踊った。僕はファイスたちを遠くに投げ飛ばす。剣が空を舞う。
背筋の凍るような感触がする。5mはある剣が敵に襲い掛かる。距離を作ったかと思えば、存在を消した。リラーシアさんが周囲に神経を張ったが、変化はなかった。
彼女は僕を見て笑顔を浮かべた。
彼女は姿を消し、僕は今更座っていたことに気が付いた。
僕たち全員はリラーシアさんの空撃の雲によって保護される運びとなった。落ち着きを感じた。
ミカロはエイビスの隣で眠っている。きっとワインズよりも強い敵と対峙していたのだろう。そのせいかアスタロトさんは身体に問題のない様子でリラーシアさんと話をしている。
雲に化けた戦艦の風を受けると気持ちが和らいでゆく。僕は忘れる前にすべき事を思い出した。
彼女は僕の目の前に現れた瞬間、頭を下げる。こんなことで許されるとは思っていない。けれどこんなことでもしなければ僕は甘い考えを選んでしまう。エイビスさんに頭を床にたたきつけられなくても文句は言えない。彼女は僕の肩に触れた。
そういうことか。僕の行動は直接関係していない。それでも喜びと葛藤が入り混じる形だ。まだ灰色よりは数倍マシさ。
彼女は目を合わせてくれない。いつもと違い僕に気づかれないよう僕のことをチラ見している。頬は赤くない。
聞きなれてきた女性の声。僕は優しく包んできた彼女の手に従いつられていった。やってきたのは僕の部屋だ。3人一室なのだが当然リラーシアさんは僕やミカロを同じ部屋ではない。それが普通なのだが不審な違和感がする。エイビスさんもきっとそれを望んでいるに違いない。
僕たちはソファーに腰掛け彼女が話すのを待った。彼女はどうするのだろう。確かに休養は大切だ。けれど彼女には僕とは少し違う空白の時間が存在する。聞いてみたい。いや、わざわざ古傷をほじくり返すようなことは遠慮しておこう。彼女に失礼だ。
何より僕には、僕たちには彼女にいうべき言葉があった。