第36話

文字数 2,890文字

 地下鉄を降りると、いつもの平和なピントレスの風景が広がっていた。

走り回る子供たちを見ると、なんだか安心する。


 さてと、ミカロにはいろいろと話を聞いておかないと。みんなに迷惑をかけているわけだし、それくらいは教えてくれるだろう。

「ミカロが部屋を出るとき、何か変な感じがしませんでした?」
「そうですわね......彼女は扇を持っていきませんでしたわ! いつも嫌でも持っていたのにおかしいですわね」

 扇を持っていかなかった、か。確かに彼女はクエストをしないときも、買い物をするときでも、まるで親しい友達のように常に扇と行動を共にしていた。


 それを持っていかなかったってことはまさか温泉? いやいやそんなわけないだろう。だったら僕はともかくとして、わざわざエイビスを断る必要はないじゃないか。


 いつもケンカしているのが原因、と言われれば文句はないのだけれど。


 大丈夫かな。また前みたいに知らない男の人に絡まれているんじゃないか。いや、ミカロならいざというときは星を使うだろう。そこは問題なさそうだ。


 どうしよう。結構心配になってきた。ファイスはよくあることだと言っていたけれど、あまりに遅い。足を動かさずにはいられない。


 その考えが浮び、僕が小動物ぐらいでしか通れないような、幅の狭いレンガの建物の隙間をふと見ると、そこには光に煌めく銀髪が映り込んだ。間違いない。ミカロのものだ。


 彼女の顔は見えなくても、僕にはそう思えた。

彼女のような白っぽくも見えるけれど、光に煌めきを見せる銀髪は、すごく珍しいのに加えてあまり見かけない。


 自信はないけど行ってみよう。もしかしたら彼女に会えるだろうし。

「今、あそこの奥に銀髪のようなものが見えませんでした?」

 エイビスは僕の言葉を聞いて顔を僕の背中の方向から飛び出たせ、隙間を覗く。左腕に伝わる柔らかい感触が頭から離れない。いやいや気にしちゃいけない! 彼女はそれに気づいていないのだからっ!


 エイビスは僕の右隣りの位置に戻り、歩き始めた。

「誰もいないですね、もしかしたら左の通りにミカロがいるのかも。行ってみましょう!」
「もちろんですわ!」

 僕たちは奥の曲がり角へと走り、彼女の姿を探す。けれど彼女の姿も煌めく銀髪も見えない。どこかへ行ってしまったのか。それとも考えのつかないところに移動しているんじゃ。


 とにかく、今はホテルに戻ろう。もしかしたら戻っているかもしれないし。


 僕の力のこもっている右手に柔らかい感触が走る。僕が見たときには、エイビスが僕の手を包んでいた。

「そんなに心配する必要はありませんよ、シオンさま。彼女が一番戦力としてはお強いことを、ご存知でしょう?」


 エイビスは僕の目をまっすぐ見て、僕の安らぐような言葉を伝えてきた。無駄な力が抜けていく。悪くない感覚だ。

「そう、ですね。ミカロに限って悪いことが起きるわけありませんよね。ホテルに戻りましょうか」

「はい!」

 そうだ。彼女の言うように、まだミカロがどんな状況にあるのか決まったわけじゃない。きっと帰って来た僕たちにいつもの勢いの強い言葉をかけてくるに違いない。


 けれど僕がワクワクしながら扉を開けた先には、誰の人影もなかった。

いつもと何一つ見え方の変わらない部屋のはずなのに、なぜか僕の心は鉄でも入れられたかのように重たくなった。

「シオン、さま?」

 エイビスは僕の異変に気が付いたのか、目を震わせ動揺を隠しきれていない僕のことを見つめる。いやいや落ち着け。彼女まで不安にさせてどうする。ここはとりあえず彼女の紅茶でも飲んで、気分転換をして考えよう。話をするのはそれからでも遅くない。


「エイビス、紅茶を頼めますか?」
「はい、ほんの少しお待ちください」

 エイビスはドリンクボトルが大量に入っている布袋を彼女のベッドに置くと、いそいでお湯やティーカップの準備を始めた。


 僕は手を洗い、彼女の邪魔にならないようテーブルの窓際の位置に座った。

鳥たちが昼日を見て喜ぶように鳴いている。悪くない景色だ。


 ミカロ、今どこにいるのだろう。


「お待たせいたしました、シオンさま。今日は落ち着くのに最適な青色、サルベルン・ブルーですわ」

「ありがとうございます。でもそんなに慌てなくても大丈夫ですよ。エイビスのいつも美味しい紅茶を僕は飲みたいですから」

「いえいえ、それほどでもありませんわぁ~! それにわたくしは着替えをしなくてはなりませんし、シオンさまには早く落ち着いていただきたかったのですもの」

 エイビスは両手で赤く染まった頬を押さえ、首を何度も横に振って僕に考えを伝えてくれた。


 そんな僕の褒め言葉に喜びを得ている彼女の顔を見て話すことなど、僕にはできない。けれど、彼女の赤く染まった頬の見える笑顔は、とても綺麗で見ていて僕も自然と笑顔になれた。

「それではわたくしは着替えて参りますので、シオンさまは少しお待ちください」
「はい、ゆっくりで大丈夫ですよ。落ち着くのには時間がかかるでしょうし」
「かしこまりました! それではしばしお待ちくださいまし」

 エイビスはお風呂場に行き、着替えに移動した。そういえば、以前はいろいろと彼女の着替えに関して事件に巻き込まれてしまったことを思い出す。


 1回間違えて彼女がお風呂に入っているときに、お風呂場にやってきてしまったことがあった。エイビスはある意味で歓迎してくれていたけど、ミカロにはすごく怒られたなぁ。おまけにチョップを10発ぐらいくらわされたっけ。記憶に懐かしい。


 ごくりっ。美味しい。気持ちが安らぎ身体から無駄な力が抜けていく。


 ジリリリリ、と電話が着信を告げる音が部屋中に鳴り響く。誰だろう。もしかしてミカロかな?

「もしもし?」

 僕が声を発したとき、帰って来たのは気持ちの弾む彼女の声ではなく、呑気にも能天気にも聞こえる赤髪の彼の声だった。


 同じチームなのに、いちいち呼び出さなきゃいけないのは少し不便に思う。ロビーで会うって手もあるけど、それは移動が面倒だし。

「お、シオンか? ミカロは戻って来たか?」

「いえ、それがまだ戻っていないんですよ。ファイスの方には連絡は来てますか?」


「いや、それがなんにもねぇんだよなー。まぁ午後になっても何の連絡もねぇってことは、考えにくいが攫われたのかもしれねぇ」
 どうして彼女だけがそんな目に遭わなくちゃいけない。別に僕だっていいじゃないか。できることなら代わりたいくらいだ。
「ま、そんなに心配すんな。今フォメアに調べてもらってるからじきにわかる。それまでは待機しといてくれ」
「はい、了解です」

 僕は電話を切り、もといた席に戻った。どこに行ってしまったんだ、ミカロ。彼女がここにいないだけで、こんなにも不安で体におもりを背負っているような気持ちになる。


 なぜだろう。やっぱりミカロのあの言葉が気にかかっているからだろうか。


“最後に困ったら私がシオンのパートナーになってあげるから”


 簡単に言えることじゃない。そういう意味で言えば、ミカロは僕よりもずっと大人で年上のようにも思え、ずっと心の中に残り続けていた。

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登場人物紹介

 シオン・ユズキ。過去の出来事を失ってしまった主人公。


 困っているところをミカロに助けられ、天真の星屑(スターダスター)に加入した。


 鉾星の能力で敵を上空に打ち上げ連撃で仕留める戦い方をする。

正星議員のセレサリアから援助を受け、記憶探しを始めている。

 ファイス・ミッテーロ。天真の星屑(スターダスター)のリーダー。


 リーダーの割に考えなしに敵に突っ込むことが多い。そのせいで彼は様々なトラップや反撃をくらうことも多いが、そのおかげで敵の能力が把握できることが少なくない。


 時々考え事を姿を見ると、メンバーは明日の天気に不安する。


 イタズラ好きでシオンとミカロが2人でいるのを見るとよくからかいミカロの不機嫌を誘う。寛容であり能天気でたいていのことは考えずにうなずく。


 剛傑星で膨らんだ両拳で敵を吹き飛ばす。本気でやりすぎて海に飛ばしてしまった黒歴史がある。 

 ミカロ・タミア。天真の星屑(スターダスター)のメンバー。


 星霊星で星霊を呼び出し共闘する。(2人まで・金と銀の2種類いる)本人は扇を持っているので、風の攻撃でとどめをさすことも多い。彼女の前で星霊のことをモノのように話すとものすごい怒る。


 明るく他人と話すことを躊躇わない。素直で思った考えをすぐに口に出すが、怒りっぽいのがたまにキズ。


 シオンを自分のチームに引き入れた。彼の強さに動揺を隠せないが、むしろこんな人物がどこに姿を消していたのか、それとも黒歴史があるのか、興味がある。


 バストサイズが特徴的なせいか知らない異性からの視線を多く受けているが、本人は着られる服が限られるので、誰かにあげたいくらいだという。この言葉が裏で幾人もの恨みを買っていることを彼女は知らない。


 フォメア・ザブレット。

年齢は19でファイスと同年齢でシオンとミカロの1つ上。

チームの司令塔として動き、クエストでの時間短縮に貢献している。ケンカを始めたファイスやミカロに混ざって中立の立場を取っていたりする。


 明晰星を使用し、データやインターネット画面の出現やデータ上の武器を出現させて攻撃する。


 恋愛にあまり興味はない。

 ナクルス・フリズム。年齢はチーム最高齢の20。


 ファイスたちの会話に混ざることはほとんどなく、よっぽどのケンカでもない限りは気にしていない。


 仲間たちは彼を信頼しており、よく頼られる。


 火拳星を使用し、炎の一撃をくらわせる。

 セレサリア。星の有無は不明。


 7人いる正星議員の1人。シオンを支援すべく彼に情報提供をしている。


 女性の人気が多く正星議院ではよく囲まれている。

 リラーシア・ペントナーゼ。


 ミカロと同期で彼女とは親友。セレサリアの元で活動している。

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