第2話
文字数 2,880文字
この男性の名前はセレサリアさん。彼は正星議院のトップに存在する7人いる正星議員の1人だ。ミカロが言うには各部門のスペシャリストだそうだけれど、あまり興味はない。
僕は彼に提示されたクエストを手伝う代わりに、全国のデータベースをお借りして僕を知っている人がいないかどうかを調べてもらっている。
とはいえ当の僕が何も思い出すことができないので、今は全国さまざまな人の顔を見て、何か思い当たることがないかどうかを研究している。
思い出せ~、思い出せ~、と何度も頭に念じながら人の顔をいくつも見ているのだけれど、やっぱり何も浮かんではこない。このままじゃ八方ふさがりだ、何かいい方法を見つけないと......
この人の話は何かと念には念が多い。たぶん昔何かしらの責任を負わされることになったのかな。まぁでもこれ以上言うと、これから先の関係が続かなくなってしまいそうだ。ここは彼の言う通りにしておこう。
「どうやらここ最近、記憶喪失による事件が多発しているみたいでね。とはいえ誰も犯人の顔を忘れてしまっているから、素直に君の元に戻ってくるとは考えにくいみたいだ。同僚たちと連携してその怪しい団体を調査することをお勧めするよ」
“記憶喪失事件”。確か隣町の一晩だけで100人近くの人物が記憶を奪われてしまった事件だったかな。僕の記憶もきっとそれと同じ敵に奪われたのだろう、彼はそう言いたいのだ。
ほかに情報もないし、疑える記憶もない。まずはそれで考えていくほかないみたいだ。
僕はホテルへと戻り、“記憶喪失事件”の被害者の写真を1枚1枚真剣に眺めながら、今回得た怪しい団体のことをノートにまとめておくことにした。
正直なことを言えば、僕はもう自分を信じられなくなってしまっている。
僕は本当にシオン・ユズキなのだろうか、ひょっとして僕は別の人間なのではないか。そんな変な考えが生まれてしまうこともある。今はこのノートだけが僕の記憶であり、僕という存在なのだと思う。
僕はミカロの元に戻りクエスターの仕事に戻ることにした。楽しみ半分不安半分だ。
そう。ミカロには僕とセレサリアさんとの関係を秘密にしている。僕がファイスたちのチームに加入するまでは彼女も彼と会っているのだけれど、あれ以来は何も話していないことにしている。彼女にはここの宿泊代に服代と、いろいろと支援を受けてしまっている。僕の記憶にまで援助を受けたら、きっとなんでも子供のように彼女に甘えてしまうだろう。それに何より彼女も否定しきれないだろうし。
ここは少しカッコつけて自分一人でやる、と言っておくぐらいがちょうどいいのだ。
あぶない、危ない。一瞬言葉の鋭さのあまり、本当のことを言ってしまいそうになってしまった。彼女は意外なところで鈍感だ。それゆえ何をするか予測できない。そのせいで何度も彼女の言いもしなさそうな言葉に何度となく驚いてきた。
まったく困ったものだ。まぁある意味でいえば、そのおかげで僕は彼女に助けてもらえたわけだけれど。
僕たちは互いのベッドに分かれ、僕はいつものようにいくつもの顔写真を眺め、ミカロは雑誌を見て一喜一憂している。
本当のことを言えば、僕もミカロのように何か新しい情報を取り入れたいところだ。けれど、“約束”という言葉が気になって仕方ない。その言葉を聞くたびに記憶には思い当たることがなくても、体が反応してしまう。
例えお風呂に入っていても、眠っていても、ミカロと手を握っているときでも、その言葉を思い出すと心が我に返り冷静な気持ちになる。ノートにはメモしているものの、結局のところ役立つ気はしていない。
ミカロが窓際に向かって体全体を広げると、何かが陽光を反射したのが目に映る。なんだ、鳥かな?
僕がその声をあげた瞬間、ミカロは彼女の自慢の胸を僕にぶつけるように僕のベッドに飛び込んできた。僕の態勢は崩され、ベッドから転がり落ちる。
彼女の声を聞いた瞬間、僕は彼女の奥が真っ赤に染まるのが見えた。火だ。絨毯に広がり、僕たちを焼き尽くそうと、その範囲を広げていくのが見える。
今更、頬から血が流れていることに気が付く。誰かが僕のことを狙っていた? どうなっているんだ?
――変現。その言葉とともに僕たちは光輝き、力を得る。詳しい話は後だ。今はこの状況から脱出するほかない。
ミカロは鍵を使い、星霊召喚を行うことができる。今回呼び出したのは、紛れもなく水の系統の力を持つ者だ。名前はアクエリオス。まさに水だ。
彼女はお気に入りの扇を持ち、僕たちはアクエリオスの作った水球とともに外へ飛び出す。彼女の水に赤い水が混じりこむのを見せられながら。
女性にとって肌は命。今そんな言葉は忘れよう。まずは敵の姿を確認する。
さっきまで銃口を僕たちへと向けていた敵は視界から消え、僕たちはホテルの入り口へと向かった。ファイスたちが気になるところだけれど、ミカロの様子を見る限りきっと脱出できるだろう。
僕たちが入り口に入ってきた瞬間に飛び込んできたのは、まるで蛇のようにうごめく鎖の集団だった。はじき返し斬ろうとしても僕の行動を先読みしかわしてくる。
これでは中に進めない。とはいえここを死守しないと他のクエスターを救えない。どうにかしないとか。
金髪の少女が僕に向けて手を振り、それに合わせて鎖が飛び交う。彼女がこの面倒な鎖の持ち主か。自分より小さい人には暴力を振るいたくはないけれど、ここは仕方ない、戦おう。