第8話
文字数 3,163文字
体の力が抜け、まるで魂が抜けるときのような空に上る感覚。魂が抜けたことは無いけれど、そんな気がする。
思わず出てきてしまった意味のない言葉に、僕は導かれるようにリラーシアさんの元へと向かう。
僕は改めてミカロを尊敬した。僕にはリラーシアさんの考えが全く読めない。けれどミカロは僕と同じようにミスをしてもリラーシアさんは決して怒りはしない。それは人として彼女を認めている、ということだ。そう考えると彼女の積極的な姿勢を僕も学ばないわけにはいかない。
まずはリラーシアさんに睨まれないよう努力しよう。今回の騒動の謝罪も含めて。
リラーシアさんは僕たちをセレサリアさんの管轄下の入り口で待たせ、資料を取りに1人消えた。ロビーの静かな雰囲気と違いいくつもの紙が宙を舞い行き交っていた。便利だけれど誰一人として話をしていないと考えると少し恐ろしい。正星議院の裏側を知ってしまったような感覚だ。
ミカロは見慣れているのか待つと分かったなり、自分の髪の毛をいじくり何かを探している。きっと女性にとっては必要な事なのだろう。けれどそんな彼女の仕草を見ているとなんだか見惚れずにはいられない。彼女の魅力が僕の目線を支配してしまっている。悪くない感覚だ。
「シオンもそう思うんだ? みんなによく言われるけど、リラはそんなにシオンが思ってるよりずっとソフトな女の子なの。私も最初はシオンの時みたいにズバズバ正しい事を言ってきてたけど、友達になってからは結構話すようになってくれたんだ。というよりはスキを見せられない、って感じだったかな。要は素直になるのが苦手なだけなんだよ。きっと」
なぜだろう。彼女はリラーシアさんの考えていることを口にした。そのはずなのに彼女の心がそう言っている感覚がした。聞くべきだろうか。いや今はその時じゃない。彼女の温かみの消えたような目からはそんな予感がした。
リラーシアさんは僕たちに再び姿を見せると、茶色い封筒を僕に見せつけるように掲げて渡してきた。彼女が何を言いたいのか嫌でも理解できたような気がした。
僕は彼女が目を逸らしつつも、頬に熱が入ったのを見逃さなかった。もしかするとミカロとまだ話をしたい、けれどそんな甘いことは言っていられないということか。ここは僕が彼女をリードしてあげよう。
僕はリラーシアさんが動くよりも早く手を差し出し、口を開いた。
僕の心に彼女の剣が突き刺さる。なんだこれ、僕が悪いのか? まぁ仕方ない。僕が悪いんだ。僕が悪いんだ。
なるほど......え? 距離を置きたくなる? 彼女の頭の中では何が起こっているんだ?
僕は彼女に具体的に教えてくれるよう頼んだが、答えてくれずむしろなぜか貶(けな)された。ミカロに仲介を依頼して彼女は僕に聞こえないところでリラーシアさんの考えに耳を傾けた。
彼女はそれを聞くなり耳を赤くして僕から目を逸らして戻ってきた。明らかに様子がおかしい。
内緒......記憶を探すことに関して協力してもらっていることかな? いや、これはミカロもリラーシアさんにもバレていないはずだ。じゃあもしかしてセレサリアさんの机に何かしらのメモがあったのかな。
どちらにしても答えを聞かないと納得がいかない。僕は彼女の肩を両手で押さえ目線を合わせる。
彼女も頬を真っ赤に染めて少しずつ口からこぼすように言葉を放った。“付き合ってるの?”と。
......どうなったらそうなるんだこりゃぁ!?
おちつけ落ち着け! 僕はそう考え彼女の体を揺らす。なんて考えをしているんだ。思わず僕の顔まで熱くなってきてしまったじゃないか。
いやいや違う違う! どうしてその考えが間違いだと気づいてくれないんだ! それとも彼はそういう印象で見られているのだろうか?
僕は何度も何度も彼女の言葉を修正させようとしたが、埒が明かないので僕の方から彼に恋愛感情がないことを嫌々言った。それを聞くと2人は顔を真っ赤にして反省して互いに気持ちを落ち着け僕に謝罪した。
もしかしてリラーシアさんはそういうのが好きなのか? いや考えないようにしよう。これ以上考えると感化されてしまいそうだ。
彼女の話では、セレサリアさんの近くに騎士団を除く男性がいたのは僕が久しぶりなのだという。彼は一般人では恋愛関係の人物しか近寄らせないらしく、そういう意味で僕のことを勘違いしたようだ。僕は2人が目を合わせてくれないことを残念に思いつつも、僕は深呼吸をして彼女に述べたいと思っていた言葉を考察した。
ミカロは僕の言葉に体を固まらせたが、リラーシアさんはその言葉を聞くなり顔から無駄な熱が引いて真剣な表情に変わった。そして何より僕は本気だ。間違いなく彼女は僕よりも強い。変な勘違いのせいで色あせるなんて思ってはいない。手を伸ばし彼女が握るのを待つ。
彼女は僕の手を弾き飛ばし僕への目線を一直線にした。その顔はさっき戦った時と同じ一筋に研ぎ澄まされ圧倒されるような顔だった。
初めから通用するなんて思っていない。初対面ならなおさらだ。ならば彼女の心に憎しみを灯すほかない。
彼女の目から無駄な力が消えた。その姿に僕の身体は思わずガードの姿勢を取っていた。――少しでも気を許せばやられる。僕の感覚に間違いはないだろう。彼女の顔は敵のように蔑みに近いものを浮かべていたのだから。