第15話
文字数 2,928文字
彼は自由の身になるなり僕の体に飛び乗り僕の頬に体を何度も擦りつける。参ったなぁ、これはある意味相当手ごわいぞ。並大抵の根性じゃどうにかならないだろう。とりあえずここはこのまま放っておくとして、ひとまずアスタロトさんと連絡を取ろう。
僕たちは女性の最期を看取った場所へと戻り、ミカロとアスタロトさんに合流することにした。ナクルスはスライムが僕に懐いているのを見て手懐けたことに感動していたが、すぐに誤解を振り払った。
初めて見た生物を親と認識してしまうという現象が本で書いてあったけど、おそらくそれで間違いないだろう。ひとまず彼には僕の傍にいてもらい、その後に誤解を解くことにしよう。彼がアスタロトさんの言う危険物であるのなら、その時間はそう遠くはない。
僕たちが研究室の一室を出たとき、そこには深緑のこちらを睨んでいるようにも見える女性と、それに気が付いているのか目を逸らす銀髪の女性の姿、そして何より不憫に見える、倒されている老人の姿があった。
ミカロが黙った。いや、話せなかったというべきか。アスタロトさんの言っていることは正しい。現に彼女が認めている。けれど彼女はそれを認識したくなかったように僕は思う。彼女の言葉が詰まったのはそこが原因だろう。
僕たちはアスタロトにスライムを見せた。案の定彼が危険物だったらしく彼女は彼を回収しようと筒の中に誘導しようとしたのだけれど、長時間同じような場所に閉じ込められていたせいか彼は僕の体じゅうを逃げ惑った。
アスタロトさんにそれを納得してもらうと、正星議院に戻るまで彼の保護を任命された。実際のところ懐かれたのはうれしいことでないけれど、ここは納得するほかない。
僕たちは出口を目指しエレベーターに乗り込もうとした。そのとき殺気を感じた僕の背中にはスライムを見つめるディモンの姿があった。僕とナクルスはミカロたちをエレベーターに無理やり乗せ、彼の攻撃をかわした。エレベーターは意外にも問題なく作動し彼女たちを上に連れて行った。
僕たちはエレベーターの故障を回避するため1つ前の扉に戻り、ディモンを誘った。彼は考えることなく僕たちの誘いに乗った。
そして扉が閉まった瞬間、僕たちの視界には何十もの紋章が色を帯びるのが映った。
冷静に“誤解なんです”と言いたい。なぜか彼は僕に懐き頬同士を擦り合わせようとする。まぁ悪い感触ではないのだけれど僕に運が傾きすぎている。彼は僕が目を合わせると状況を理解して動かなくなった。ちょっと不気味な装飾品(アクセサリー)だと思えば以前と変わらず集中できるだろうか。
僕たちは考えるまでもなかった。ディモンを吹き飛ばしエレベーターに突っ込む。きっとミカロたちが僕たちのために再び下に戻してあるはず。爆発が起きる前までに戻っていることを願おう。
今度はナクルスを前線に戦闘を開始する。今回は先ほどの部屋とは違い廊下での戦いだ。部屋を大きく作っているせいか、廊下は中肉の2人が隣を少し気にするほどの距離しかない。困ったことに飛び上がりながらの戦法のできない僕には彼の援護をするほかに……
“まぁいいんじゃない? あんたが成長を望まないのであれば”
矢のような言葉が僕の胸の中に突き刺さる。そうだ。もしも僕1人だったらどうする? 部屋に巻き込む、悪くないけれど瓦礫(がれき)の友達になってしまうだろう。なら手早く小出しの戦い方でいくとしよう。
ナクルスが彼の紋章を弾くのと同時に鉾を目の前に突き付ける。空からの勢いがない分威力も低く、何よりスピードがない。空がないと何もできないと思い知らされる。鉾を再度構えて槍のように敵をつく。簡単に弾かれてしまう。やはり勢いがないとダメなのか。
うつむく僕にスライムが目線を合わせようとする。ダメだダメだ、落ち込んでいる場合じゃない。戦闘中だぞ。たぶん爆発するまでにあと1分もない。一撃で決めるほかない。どうする? 横か縦か? 力ごなしか体の勢いか?
そのときスライムが僕の鉾に巻き付き赤い紋章に変化した。僕は流れを止めることができず横の大振りの一撃に賭ける。正解でなくったっていい。この一撃が僕たちの戦いの流れを変えることができればそれで十分だ。
僕の一撃は意外にもディモンを突き飛ばした。いや違う。爆発が彼を吹き飛ばしたのだ。そうか。あのとき女性の紋章を付けていたのは、スライム自身だったのか。それなら、ディモンの能力はなんだ? けれどその答えを知るまでもなく、ナクルスの火拳(ファイアブロー)の一撃によって吹き飛ばされた。
いや、むしろそのほうがよかったのかもしれない。もしこのスライムに加えて落下の勢いがあったとすれば、彼もただでは済まなかったかもしれない。ヘタをすればこの研究所のような場所も崩壊していたかもしれない。偶然とはいえ場所に救われた感じは否めない。
スライムは僕が確認するよりも早く元いた僕の左肩の位置に戻って“どうかしたの?”と言わんばかりの無表情を僕に見せつけていた。そんな安心もつかの間、僕たちは爆発でエレベーターの部屋に吹き飛ばされ駆け乗った。
けれども案の定エレベーターは機能を停止し、僕たちは考えるまでもなく線を伝い自力で地上を目指す。地下の爆発に目を取られていると思わず体が固まってしまう。見るな!これ以上はまずい。
僕たちが地上に戻ってきたときにはファイスたちがこちらに手を振り居場所を知らせる。僕たちは揺れる地面に気を取りながら右往左往しつつも前に進む。船に飛び乗った瞬間、左肩にスライムがいないことに驚いたが、僕の服の中に隠れていたので安心した。
僕たちが出航して島の形が米粒ほどになったころ、島は黒い煙を巻き上げた。
……あの女性の手だけでも持って帰るべきだった。誰かはわからないけれどセレサリアさんに頼めばきっと解析してくれたはずだ。いや残酷なだけか。僕が手だけになってしまったとして、果たしてそれをミカロたちが受け取るだろうか。
……ないな。やっぱり彼女はあそこに置いてきて正解だった。僕はそう思いつつも両手を合わせ祈りを捧げた。本に書いてあったことをそのまましただけだけれど、ミカロが必要なことだというので無理やり教え込まされたものだ。けれどなんだか彼女にお礼を言われているような気がした。