第8話 雨の日
文字数 1,361文字
数日後、レイは、めずらしく目抜き通りを歩いていた。天候が怪しかったため、雨風をしのげる陸橋への近道を選択したのである。
すると、人々が苦悶の表情を浮かべて、次々に自分から遠ざかってゆく。思えば、久しく風呂に入っていない。傍 からは、おそらく乞食同然の姿に見えるのであろう。
ついには鼻をつまんでからかう者も現れ、仕方なく路地裏へ飛び込んだ。四つほど辻を過ぎるとだいぶ人気がまばらになった。そこでまた進路を修正して陸橋を目指した。
行き交う人たち距離を取りながら歩いて行くと。すると、大きな声が流れてきた。
「どうか代金を払ってください!」
「うるせー!」
無銭飲食を企てる傭兵たちと店主。
素行の悪そうな屈強な傭兵たちと、善良そうな年老いた店主、の構図である。
なんとも酷い画だ、と思った。
傭兵の一人が、威嚇のため、店のガラス扉をハンマーで粉砕した。
レイはまっすぐ駆け出し、傭兵のうち一人の肩口へぶつかった。
「失礼」
そう言い捨てて左の路地へ切替し、そのまま逃走した。
「金を盗られたぞ!」
傭兵らは鬼の形相でレイを追いかけた。
しかし、あっという間に見失った。
「あの乞食野郎!次に会った時はブッころしてやる!」
いつまでも悪態をつきながら、路地の奥へと消えて行った。
店主は店に戻って、割られたガラス片を集めていた。
すると、外から何かの小袋が店内へ投げ込まれた。
驚きながらもおそるおそる紐を解いてみると、中には銀貨がぎっしりと詰まっている。
店主はあわてて外に出た。しかし人影はない。そのまましばらく立ち尽くしていたが、誰も現れそうになく、店内へ戻ろうとしたとき、ロングコートに身を包んだ男が不意に現れた。
「何があったか話してもらおうか!お前が見たすべてをだ!」
レイを尾行していた憲兵であった。
陸橋へ行く途中、公園の前を歩いていると、雨脚がやや早まってきた。
気が付くと、一人の若い女が立っていた。フード付きのレインコートに身を包み、派手なロングブーツを履いている。良家のご令嬢かと思ったが、治安がよくない場所に、明らかにそぐわない。
彼女は、レイの歩調に合わせるかのように動き出し、何か白いハンカチらしきものを落した。
「あのう…」
と言うと女は振りむき、落としたハンカチに気が付いた。
知らない顔であった。が、状況は理解した。
ハンカチを拾い、中に紛れ込ませてある小さな包みだけをそっと抜き取り、ハンカチだけを女の手に返した。
女は、
「ありがとう」
とぶ愛想い言った。それから顔を近づけ、小さな声で言った。
「レイ・カヅラキね。私はリリア。明日の朝、そこに書かれている場所へ必ず来なさい」
「わかった」
レイはじっと女の顔を眺めていた。
整った良い顔立ちをしている。が、派手めな化粧と仰々しいアクセサリーが悪目立ちしている、と思った。
「な、何よ!」
「ああ、髪を染めているんだね」
「余計なお世話よ!ところで、あなた、かなり臭いわよ!」
レイは少し驚いた。てっきり仲間かと思ったら、そう単純でもないらしい。
女には尾行がついていない。外観を変えて現地住民の中に溶け込んでいるのであろう。それは別にどうでもよいことだが、監視を気にせず暮らしていけることをうらやましいと思った。
空を仰いだ。大粒の雨が容赦なく顔を濡らす。
すると、人々が苦悶の表情を浮かべて、次々に自分から遠ざかってゆく。思えば、久しく風呂に入っていない。
ついには鼻をつまんでからかう者も現れ、仕方なく路地裏へ飛び込んだ。四つほど辻を過ぎるとだいぶ人気がまばらになった。そこでまた進路を修正して陸橋を目指した。
行き交う人たち距離を取りながら歩いて行くと。すると、大きな声が流れてきた。
「どうか代金を払ってください!」
「うるせー!」
無銭飲食を企てる傭兵たちと店主。
素行の悪そうな屈強な傭兵たちと、善良そうな年老いた店主、の構図である。
なんとも酷い画だ、と思った。
傭兵の一人が、威嚇のため、店のガラス扉をハンマーで粉砕した。
レイはまっすぐ駆け出し、傭兵のうち一人の肩口へぶつかった。
「失礼」
そう言い捨てて左の路地へ切替し、そのまま逃走した。
「金を盗られたぞ!」
傭兵らは鬼の形相でレイを追いかけた。
しかし、あっという間に見失った。
「あの乞食野郎!次に会った時はブッころしてやる!」
いつまでも悪態をつきながら、路地の奥へと消えて行った。
店主は店に戻って、割られたガラス片を集めていた。
すると、外から何かの小袋が店内へ投げ込まれた。
驚きながらもおそるおそる紐を解いてみると、中には銀貨がぎっしりと詰まっている。
店主はあわてて外に出た。しかし人影はない。そのまましばらく立ち尽くしていたが、誰も現れそうになく、店内へ戻ろうとしたとき、ロングコートに身を包んだ男が不意に現れた。
「何があったか話してもらおうか!お前が見たすべてをだ!」
レイを尾行していた憲兵であった。
陸橋へ行く途中、公園の前を歩いていると、雨脚がやや早まってきた。
気が付くと、一人の若い女が立っていた。フード付きのレインコートに身を包み、派手なロングブーツを履いている。良家のご令嬢かと思ったが、治安がよくない場所に、明らかにそぐわない。
彼女は、レイの歩調に合わせるかのように動き出し、何か白いハンカチらしきものを落した。
「あのう…」
と言うと女は振りむき、落としたハンカチに気が付いた。
知らない顔であった。が、状況は理解した。
ハンカチを拾い、中に紛れ込ませてある小さな包みだけをそっと抜き取り、ハンカチだけを女の手に返した。
女は、
「ありがとう」
とぶ愛想い言った。それから顔を近づけ、小さな声で言った。
「レイ・カヅラキね。私はリリア。明日の朝、そこに書かれている場所へ必ず来なさい」
「わかった」
レイはじっと女の顔を眺めていた。
整った良い顔立ちをしている。が、派手めな化粧と仰々しいアクセサリーが悪目立ちしている、と思った。
「な、何よ!」
「ああ、髪を染めているんだね」
「余計なお世話よ!ところで、あなた、かなり臭いわよ!」
レイは少し驚いた。てっきり仲間かと思ったら、そう単純でもないらしい。
女には尾行がついていない。外観を変えて現地住民の中に溶け込んでいるのであろう。それは別にどうでもよいことだが、監視を気にせず暮らしていけることをうらやましいと思った。
空を仰いだ。大粒の雨が容赦なく顔を濡らす。