第7話 奇書

文字数 1,231文字

 その日のレイは、あまり行ったことのない路地を歩いていて、いわくありげな古書が山積されている、何とも怪しげな雰囲気の店を偶然見つけた。
 そこは寂れた古物商で、やせこけた老人が主人であった。
 それらの古書の入手元を尋ねると、最近、沈没船を引き上げた際に出てきたものだという。少し興味が湧いて一冊を取り上げて読み始めた。沈没船から引き揚げたわりに良品であった。
 すると、
「あんた、その本を読めるのか?」
と驚かれた。
 ほとんどは学術書であり、しかも古書である。確かに、読める人間はなかなかいないであろう。
「リール文字なら読めますよ。こっちはガルム語ですね。タイトルは何となく分かるかな。でも内容までは分からないですね」
「あんた! 頼みがある!」
 それから一週間ほど、その店で寝泊りすることになった。本の内容を精査し、表題を整理し、中に何が書かれているか、などの概要をまとめた。
 そこまで徹底的にやれとは言われていない。 だが、
「どうせ暇ですから」
と言って、かなり細部まで調べあげた。
 主人はレイの手を取って謝意を表し、わずかながら謝礼も握らせてくれた。
「でも、すまないね。せっかくここまでしてくれたのに、今はこれくらいしか渡せないんだ」
 精一杯の銀貨と、好きな本を一冊持っていけと言われた。
 それならば、と無造作に一冊を取り上げた。
「かなり価値がありそうな本もありますから、学匠へ持ち込めばよい値で引き取ってもらえると思いますよ」
 別れ際、そう助言をしておいた。
 
 『失われた文明についての仮説』

 新しく手に入れた本の表題である。
 約三十年前に出版された、とあるが、著者の名は記されていない。ただし、奥書に、
「アラン・フェルダー博士、これを著す」
という記述があった。
 アラン・フェルダーと言えば有名人であった。ただし、悪名として。
 二年ほど前、西方の、とある王国で革命騒動があった。軍部の一部と革命活動家が結託し、軍事クーデターを企てたのである。結局、内通者から情報が洩れ、クーデターは不発に終わり、活動家のほとんどが銃殺され、わずかに生き残った者も大衆の眼前で派手に自決をした。
 そのような状況の中で、ただ一人、逮捕者が出た。それがアラン・フェルダー博士である。博士は、思想的中核をなした危険人物である、というのが理由であったと言われているが、その内容はあきらかにされていない。処刑されたという風聞もなく、どこかに幽閉されているのではないか、とも噂されている。
 レイが博士に関心があるわけではないが、事件当時、西方圏で大きな話題になり、嫌でも噂が耳へ流れ込んできたため、何となく覚えているだけである。
 さて、その革命思想家が著したとされる書には、相当に際どいことが書かれていた。一見、夢想家の戯言(ざれごと)と思われがちな事柄であっても、科学者ゆえの強い説得力がある。
 なお、驚くべきは、これが、博士が二十二歳のときの著作であることだ。
 レイはしばらくの間、これに夢中になった。
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