第4話 小さき友

文字数 1,014文字

 二か月後―
 レイ・カヅラキは、郊外の農場にいた。
 収穫で繁忙な三か月限定の一時雇の仕事であった。報酬は少ないが食事と個室が与えられ、待遇に不満はない。
 レイは誰よりも仕事の覚えが早く、すぐに重要な役目を任されるようになった。現在は、ワインの貯蔵室の管理を任され、それまでの納屋を改造した居室から、普通の離れの一室へ寝場所も変わった。休みの日はそこで読書に(ひた)って過ごした。そうしているうちに、農場の子供たちと接する機会も増えた。
 農場主の三男のアレフはちょうど十歳になったばかり。好奇心旺盛な男の子であった。
 ある日、唐突に尋ねた。
「レイは蕃人(ばんじん)なの?」
「そうだよ」
 アレフはまじまじとレイの顔を見た。
「でも、普通の人と変わらないじゃん。髪と瞳の色はちょっと珍しいかもだけど」
「やっぱり、蕃人が怖いかい?」
「先生たちが言ってた。蕃人はずるがしこい、て。やつらの兵隊は背が低くて腕と足が丸太のように太くて、人の血を飲んで、子供を食べるんだって」
「それはもう人間じゃなくて、君らの国の神話に出てくるゴブリンだね」
「ゴブ? 知らないや。でも、レイはそんなやつらじゃない。本当に蕃人なの?」
 レイは、ふと、正しい答えは何だろうか、と考えた。だがよい言葉は見つからない。
「蕃人さ。まったくか弱き蕃人だよ。それと、僕の家族はゴブリンよりも僕に似ている。僕は生き血をすすったことはないし、すすりたいと思ったこともない。子供を食べる、だって? ああ、それはあるかも!」
 そう言いながらアレフに襲い掛かる振りをした。アレフは大きな悲鳴を上げて逃げた。
 だが、アレフはすぐに戻ってきた。
「やめてよ。本当かと思っちゃったじゃん」
 遠くで誰かが騒いでいる。少しやりすぎた、と少しだけ反省した。
 とにかく、アレフが冗談と思ってくれて助かった。
 アレフは再び尋ねた。
「どうして先生やお父さんたちは、僕に嘘を教えるのかなあ?」
 少し考えてみたが、やはり気の利いた答は思いつかない。
「さあね。僕は彼らより頭がよくないから分からない。でも…」
 レイはしゃがみこんで、目線をアレフに合わせた。
「皆、君を守ろうとして、時には嘘を言うことがあるんだ。それは確かだよ」
「でも、それじゃ、レイが…」
 アレフは、それまで見せたことのないような悲しげな表情をした。レイはニコリと笑って、アレフの肩をぽんと叩いた。
 それは自分のことを案じてくれた、小さき友人への感謝の印であった。
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