第4章 第8話

文字数 2,373文字

 こうして二回目の仕事旅行は、成功裡のうちに終えることができた。

 帰宅後に慌てて仕上げたレポートを翌日会社に提出すると、すぐに企画会議が開かれる。

 そもそも俳人、俳句なぞあまり縁がないだろうと思っていたら、案の定皆の頭にはてなマークが浮遊している。そんな中、ただ一人途轍もなく食いついてきた男がいる、営業部長の三ツ矢である。彼は正確に間宮由子を知っており、
「いや… 専務、あなた… ハハハ、またやってくれましたね、ハハハ」
 営業担当常務の田所が首を傾げていると、
「有名なタレントですよ。早稲田大文学部卒、大手出版社の真潮社在職中に俳句賞の新人賞取って以来、しょっちゅうテレビに出てますよ。ほら、よくバラエティ番組に出ているじゃないですか」
 ああああ! 皆はようやくゆうこのことを認知する。

「確か好感度も毎回上位じゃないですかね、おい企画部、今すぐに調べろよ。全くやる気ないのな、おたくの上司がこんなに頑張って引っ張ってきた人脈に」
 営業部長の迫田が歯軋りしながらスマホでググる。すると怒り顔が徐々に驚き顔に、やがて
「常務、社長。この方、物凄い人気です、老若男女から分け隔てなく。しかもちょっと天然ボケがあるせいか、ネット上で『天然女王ゆうこりん』と呼ばれて絶大な人気が…」

 三ツ矢がフンと鼻で笑いながら、
「これだよ。山だ温泉だと言ってばかりだから、世間の好感度も流行りも把握できていない。少しは金光専務を見習うといいんじゃないか、企画さんは」
 迫田は血の涙を流さんばかりに目を見開き三ツ矢を睨みつける。
 まあ、でも、今日のところは三ツ矢の言う通りだな。甘んじて彼の批判を受けるしかないぞ迫田。
「で、専務。やるのですね、『あおば』で句会。これ、千載一遇のチャンスですよ、我が社の名前が日本中に流れる当社始まって以来の最大の機会ですよ、分かっていますか常務、社長。もしこの句会を大成功させれば、そしてその模様をテレビ中継やネット配信すれば」
 いつの間にか全員が三ツ矢の話に夢中になっている。俺も。

「日本中が、いや世界中が『鳥の羽』を知るのです」

 前々から出来るやつだとは思っていたが。
 さすが元一流商社マン。皆の心をガッツリ掴んでしまう。更に奴は企画担当役員の俺が持ち込んだ企画なのに、
「これだけ大掛かりになると、企画部だけではこと足りないでしょう、ウチもマスコミへの告知、販促、グッズ制作と販売、あと映像も任せてください」
 と、あっという間に営業部主導に持っていってしまう。

 正直、俺はそれでいいと思う。少し悔しいが、彼の言う通りに進めた方がこの会社の利益にはなるだろうと思う。
 今この会社は、ネットを扱う人にしか認知されていない。ネットを使わない高齢者層には全く知られていないのだ。だが彼の言う通りに話を進めて、会社の名前を非ネット民にも浸透させれば。間違いなく売り上げは倍増し大きな利益を生み出すであろう。

 ただ。この企画はゆうこの個人的な好意によるものが多いものなので、あまり営業部に突っ込まれたくない。奴のゴリゴリな商社流の手法でゆうこを汚されたくない。
「三ツ矢くん、ありがとう。マスコミ対策、映像関係、是非とも手助けしてくれ。頼りにしているよ」
 三ツ矢は俺をギラリと睨み、
「マスコミ、と、映像。だけでいいのですか? 句集やエッセーなんかチャチャって書いてもらえませんかね、そうすれば俺がドバーって売ってみせますよ」
 
 俺はニッコリと笑いながら、
「実はさ、間宮先生は俺の中学の後輩で、昔からの知り合いなんだ」
 皆、俺と三ツ矢の冷戦を固唾を呑んで見ていたが、俺の告白に度肝を抜かれ、
「何ですって、専務の後輩だったんですか?」
「それなら、間宮先生との折衝は専務でないと…」
「専務、何卒よろしくお願いしますよ」
「それにしても専務の人脈、凄すぎるよ… 泉さんといい、間宮先生と言い…」
 社長に鳥羽が満面の笑みで、
「本当に。こんな小さい会社にはもったいないですよ、あはは」

 三ツ矢は俺を冷たく睨みながら、
「そう言うことなら… 仕方ないですね、マスコミと映像、精々やらせてもらいますわ」
 ふん、若造が。元エリート商社マン? 俺は元メガバンク支店長ですが何か?
 ちょっと大人気なかったが、たまにはいい薬になるのでは。

 そんな訳で、晩秋の間宮由子の句会は決定事項となったのである。

 企画部に戻り、山本くんにその旨を伝えると、彼もまた俳人? 句会? の類の世代なので、今日一日かけてそのあたりの事を調べておくこと、と宿題を出す。
 企画部には20名弱の社員が配置されている。その半分近くが女子社員であり、彼女達の俺を見る目は相変わらずである。俺はそんな目を全く気にせず、
「秋に俳人の間宮由子先生の句会を『あおば』でやることになった。今からその準備に関しての説明をするからよく聞くように」

 すると全企画部員が呆然と俺を見上げ、眉を顰めている、特に女子社員が。
「お前ら、そもそも間宮由子は知っているか?」
 意外や意外。ほぼ全員が知っているではないか。ちょっとビックリした。
「それじゃ、句会って何するか知ってる奴いるか?」
 数名の女子社員が知っていそうな顔をするも、ソッポ向いたり下向いたり。相変わらず嫌われてんな俺。

「よし。今日はお前ら、山本と一緒にその辺のこと勉強しておけ。俳句とは、句会とは、だ」
 男子社員はカクカク首を振りながら即座に目の前のノーパソを叩き始める。女子社員は数名ごとに集まり。ヒソヒソ話をしながら顔を歪ませる。
「言っておくが、これは鳥羽社長肝煎りの企画だからな。生齧りの知識では社長はがっかりされるだろう」
 そう言うと、それじゃ仕方ないわ、とばかりに女子社員達もパソコンに向かい始める。

 この会社に入り、初めて俺の主導する企画がスタートした。
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