第3章 第8話

文字数 1,271文字

 あまりに想定外の展開に俺の思考は途切れ途切れとなるも。どうやら今夜、純子さんは修善寺の『あおば』に宿泊するよりも、この地で宿泊した方が良いだろう、そう判断し、

「この近くに吉田屋旅館って老舗の宿あるから、そこに泊まるといい」

 山本くんの資料にあった、嘗ての文豪も泊まったという有名な旅館を純子さんに紹介する。彼女は今日初めての満面の笑みで、
「皆さん… すみません… でも、私、こんなの初めてなの… 私の思っている事をちゃんと理解してくれて… それに己の思念をこんなに解りやすく伝えてくれて…」

 三人して一斉に首を傾げる。
「もっと… もっと知りたいの。もっと話したいの。御免なさい、我儘ばかりで…」

 三人して一斉に首を振る。
「じっくりと話し合うといいや。酒でも飲みながら、な」
「それが良いや。龍二は酒つえーから、とことん語り明かすこった」

 クイーンが純子さんの頭を撫でながら優しく言う。だが、ゆうこはサッと蒼ざめ、
「あなた… アレはダメよ、アレは!」
 アレ、とは? 俺とクイーンが首を傾げる。
「何だよ、アレって?」
「この子、私に似てお酒強いんですけど、たまーに酔っぱらうとー」
 純子さんは驚愕の表情となり、
「ママ! やめてーーーー」
「酔っ払うと???」
「酔っ払うと???」
「やーめーてーーー」
 ゆうこはジブリ映画の魔女の笑みで、

「全裸で踊るんです!」

 宿に連絡をしてみると、連休後の平日だからか簡単に一部屋取れる。
 三津浜動物病院を後にし、カーナビに従って吉田屋旅館まで純子さんを送っていく。たった五分の道のりである、彼女は荷物を置いたら歩いて病院に戻るつもりだと言う。
 純子さんは俺に何度も何度もお礼を言い、俺は明日の昼前にここに迎えに来ると言って吉田屋を後にする。

 後部座席からゆうこがクイーンに、
「ねえ先輩。龍二くんって童貞でしょ?」
 危うくガードレールに激突しそうになる。
「人間のオンナとは童貞だろーな」
 危なく崖からダイブしそうになる。

「今夜、ちゃーんとできるかなあ。見に行った方がいいかな?」
「アホか! 絶対よせ。親バカもいい加減にしろ!」
「でもねせんぱい。間違った快楽を覚えちゃったら困るのは親なのよ」
「それなっ 龍二のやつ、ケツの穴にぶち込まねーだろーな、それだと生まれてくる子はうん子ちゃんです、ってか」

 遠慮なしに隣のクイーンの頭を殴打する。
「ねー、純子もそれが気に入っちゃったりしてー でもそれじゃいつまで経っても赤ちゃん出来ないよー」
 青信号なのだが、俺は急ブレーキを踏みにじり。
「今日会ったばかりの男女が、それも世にも稀なコミュ障同士が、ヤルわけねーだろ!」
 二人はうーんと唸りながら、
「それもそっか。さすがせんぱい、エロ魔人だけありますねー」
「二人目の孫はお預けってか。つまんねーの」
 後ろからクラクションを鳴らされるまで、俺は頭を抱えて悶絶してしまう。

 梅雨明けの 三津浜に咲く 恋の花

 今日イチの会心に出来にガッツポーズだ。後続の車に御免なさいねのハザードランプを点滅させた後、車を『あおば』に向けて発進させた。
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