第3章 第5話

文字数 1,241文字

 カーナビが目的地周辺です… と言うだいぶ前から、クイーンが
「あ、そこ右、真っ直ぐな真っ直ぐ、あのポストんとこ左…」
 なんて感じでナビしてくれたお陰で、無事に俺たちは『三津浜動物病院』に到着する。そういえば、俺は今迄ペットを飼った事がないので、動物病院は初めてである。

 車を駐車場に停めて外に出ると、さっきよりも強い日差しにクラクラしてくる。純子さんも久しぶりに本気の太陽を浴びたようで、パドスちゃんを危うく落としそうになっている。

 平屋建ての白い建物はすぐ背後の濃い緑の山に映えている、動物病院と言うよりもサナトリウムのような雰囲気だ。
 ピーヒョロロという鳴き声を見上げると、トンビが二羽大きな円を描いて飛んでいる。随分遠くに来たものだ、ああこれが旅愁という感情なのかな、なんて思ったりしてみる。
 クイーンがまるで馴染みの居酒屋に入る感じで入口を入って行き、俺たちもそれに続く。思ったよりも古臭い、獣臭が脳に染みる。けれど何だか懐かしい感じがする。

「おーい、龍二―、来たぞー」
 クイーンが建物を震わす程の大声で叫ぶ。こら動物が怖がるじゃないか…
「あらあら光子さん、お久しぶりね」
 受付の初老の女性が笑顔で出迎えてくれる。
「おー、キヌさん、久し振りー元気そうじゃん。今日はダチ連れてきたから、よろしくなー」
「龍ちゃんから聞いてるわよ。この後、修善寺でゆっくりしていくんだら? いいわねえ」
 キヌさんが目尻を垂らしながら言うと、
「まーなー。で、龍二はー?」

 診療室の扉がそっと開き、背が高くほっそりとした気難しそうな青年が顔を出す。クイーンの面影を残しながらも、銀縁の眼鏡をかけて非常に知的な面立ちだ。

 俺は軽く頭を下げながら、笑顔で
「初めまして。光子さんの旧友の金光です」
 俺を一瞥し、無言で軽く頭を下げる、つまらなさそうに。

 ゆうこが丁寧に頭を下げながら、
「間宮由子です。今日はお世話になります」
 彼女を一瞥し、口元で何か呟きながら頭を下げる、面倒臭そうに。

 純子ちゃんがペコリと頭を下げながら、
「娘の純子です。ウチのパドスがお世話になります…」
 彼女を一瞥もせず、キャリーケースのパドスにすっと寄り、優しく頭を撫でながら
「よく来たね。遠かっただろ。こっちにおいで」
 メガネの奥のクイーンに良く似た目を優しげに細めながら、飼い主を完無視し、パドスちゃんを優しく抱えながら診療室に入って行った。

「わりーな、ま、いつもこんな感じ、人に対してはなー」
「オマエにもか?」
「まーな。てか、アイツがマトモに喋るやつって、コージとビンと、あとー? いたっけ?」
「…わかった。もういい。えっと、キヌさん? 僕らはここで待ってれば…?」
「そうですね、座って待っててくださいね」
「失礼ですが、龍二くん、あなたとは… 普通に会話とか…」
「まあ、似たような感じですよ。あ、こちらで手続きお願いしますねー」
 純子さんが相当不安げな様子で受付をしていると、診療室のドアが勢いよく開く。

「おい、飼い主は誰だ!」
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