第1章 第7話

文字数 1,647文字

「いらっしゃーい、カウンターしか空いてないけどいいかしらー?」

 月曜の夜から満席なんて。どうした、居酒屋しまだ。俺が初めて来た頃には金曜日の夜ですら閑古鳥が鳴いていたのに… そう言えば昨日の日曜日も、そこそこ人が入っていた。居酒屋なんて日曜日には閑古鳥がピーピー鳴くのが普通だろ、だが本当にそこそこ人が集まるのだ、この店は。

 その理由は、クイーンの人脈、そして人格である。彼女を慕いこの店に来る客の何と多いこと。それも昔からの仲間達、そう、俺や健太のような仲間がひっきりなしに訪れてくるのだ。昨日も中学時代の生徒会の役員だった女子が、すっかりお母さんになって家族で食事に来ていた。
 地元密着型経営。意外にそれは悪くなく、銀行からの評価も実は高い。地元の人が来る、すなわち常連客の層が厚い、つまり常に一定の売り上げが予想出来る。ということなのだ。

 なぞと感心していると、忍に、
「わりー、健太達ちょいとずれてくんない?」
 健太はニヤケ顔で、
「はいよっと。ささ、どーぞどーぞ、えー、生でいいっすか?」
 と調子に乗って女性達に話しかける。俺も面白がって、
「お前、従業員かよ… お嬢さん方ドン引きしてるじゃないか」
 と突っ込むと、奥からやや疲れ気味のクイーンがやって来て、
「オメーら営業妨害。黙って端っこでマスかいて飲んでろボケ!」

 俺らのやり取りに三人がプッと吹き出す。健太の隣にショートヘアのメガネが全く似合っていないオタフク顔、真ん中に下町パーマ感が半端ないツリ目、一番奥は髪を後ろで結わえている事ぐらいしかわからない、暗いし遠くて。
 どうやら地元の女性達らしい。完全に俺に背中を向けた健太と地元話で盛り上がり始めたその時―

「あの… ひょっとして… 光子先輩?」

 一番奥の大人しそうな女性がクイーンに問いかける。
「そーだけど。ゴメン、誰だっけ?」
 残りの二人、オタフクとツリ目が立ち上がる。
「うわあーーー 島田せんぱい…」
「うっそーーー クイーン…」

 突然、発情としか言いようのない興奮状態に入る二人。奥の彼女も急に立ち上がり、クイーンの手を取り、声を震わせる

「せ・ん・ぱ・い… 私です… いっこ下の… ゆうこです…」

 クイーンは目を細め彼女の顔をしげしげと見つめながら
「ゆうこ… ゆうこ? って… え…オマエ、マジか! ゆーこかあ!」

 クイーンは握られた手を払いのけ、彼女を激しく抱きしめる。彼女もクイーンの細い腰にしっかりと手を回し、ハイ、あまり美しくない五十百合の世界に俺と健太は呆然とする。

「ゆうこ… 河口由子か… 『赤蠍』の…」
「知っているのか健太?」

 健太はゴクリと唾を飲み込み、
「ああ。いっこ下の番だよ。髪真っ赤に染めてて、いつも真っ赤なピンヒール履いていて。喧嘩の時はそのピンヒールを相手の顔面にブッ刺して… ヒィー、思い出したくねえ… あのクイーンも持て余し気味だった、通称『病院送りの赤蠍』さ。俺、怖くて殆ど目を合わせたことねえぜ…」

 …… 何と危険な女、いや中学生だったのだろう。きっと今もその性格性質は変わらず、この辺りで暴れ散らしているのだろうか。それか極道の妻にでもなって?

「今、何やってんだ? 絶対カタギじゃねえだろ?」
「知らねえ。中学卒業と共に、街を出たからな。噂では薬とバイクで廃人になったって…」
「何という… あれ、いっこ下って、オマエの嫁と同級生か?」
「まあな。あんころはよく連んでたらしいけど。ああそうそう、番張ってたくせにメチャクチャ勉強出来たから、確か高校は都立行ったとか…」
「話が全然違うじゃねえか、どっちが本物の赤さそりなんだよ…」
 あの頃は一部の私立を除き、成績の良い中学生の選択肢は都立高校が圧倒的に多かった。今と違い学区制だったし。そう言えば葵は高校どうするのだろう…

 不意に目の前に人の気配が。

 赤さそり、いや、河口由子が、いた。思わずヒッと声を上げ、逃げ出そうとするも。彼女の瞳がそれを許してはくれなかった。

「本当に… 金光先輩…ですか?」
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