第4話道連れ

文字数 3,751文字

●4.道連れ
 藤木たちが非常階段を降りきると、高齢の男性が運転するミニバンが目の前に現われた。
スライドドアのノブをつかむ王。
「あなたたちも乗った方が良いと思います。私と居た日本人だから捕まったらスパイ容疑をかけられます」
王の言葉が日本語になっていたので、高齢男性はちょっと驚いていた。
「スパイって、そんなことある」
藤木はキツネにつままれたような顔をしていた。
「藤木、乗った方が良さそうだぜ」
 王、藤木、田中の3人はミニバンの後部座席に飛び込んだ。ミニバンは幹線道路を南に進む。幹線道路は車であふれかえっていたが、流れていた。

 「王さんは、何をやっている人なんですか。美人大学生だけじゃなさそうだけど」
藤木はスマホを介して聞いた。田中は、ちょっとつまらなそうな顔をしていた。
「自由中国のために活動しているけど、本来はドローンメーカーに勤めているのです」
「それで、海外とつながるネットカフェを知っていたのか」
藤木が手にしているスマホを取り上げる田中。
「若渓さん、ちなみに、そのドローンの会社はどこにあるの」
田中は自分が言うともスマホを王に向けた。
「深圳経済特区にあるんだけど。このところ戻ってないわ」
「なるほどね」
田中は藤木にスマホを戻した。
「ここまで来れば、大丈夫でしょう」
王の言葉はスマホから離れていても訳されていた。

 藤木たちは北京市の隣の廊坊市に入り、廊坊体育館前で藤木たちは降ろされた。田中は王の連絡先などを聞いていたが、どこまで本当のことを言っているかは不明であった。
 「体育館と呼ぶにはずいぶんと立派なスタジアムだな」
藤木は廊坊体育館の建物を見上げていた。
「ところで、これからどうする。お前の後輩にデータは送れたしな」
「もう少し、中国を旅してアプリの真価を試してみようじゃないか」
「しかし残金はどのくらいある」
「ほとんどないが、なんとかなるだろう。パーッと行こうぜ」
「お前は気楽だな」

 藤木たちは、しばらく歩道を駅の方に向かって歩いていた。
「おっ、中国は治安が良いのか。あの若造二人は、エンジンをかけたまま銀行に入っていく」
藤木は、銀行の文字が掲げられた建物の駐車場を見ていた。
「なんか様子が変だぞ。おい、パーカーのフードを上げてマスクをしている」
「あいつら、強盗じゃないか」
「まさか、そんなことないだろう」
田中はあまり関心を示さなかった。
 程なく、銀行の外側にある警報ランプが回り出した。
「あれ、外部にそっと強盗があったと知らせるランプだろう」
「おい、藤木の言う通りかもしれないぞ」
「よし、ここは一つ感謝状をもらうために、ひと働きするか」
「何をするんだよ。あいつらたぶん拳銃か何か持っているだろう」
「まぁ、いいから、見ててくれ」
藤木は、エンジンがかかったままの小型車に向かった。
 藤木は素知らぬ顔で車に乗り込む。左ハンドルなので、シフトレバーに違和感があったが、ゆっくりと動かした。
 銀行の扉が勢いよく開けられ、フードを被った強盗達が飛び出してきた。逃走用の車が勝手に動いているので、数発拳銃をぶっ放してきた。しかし命中はしなかった。強盗たちは、車めがけて突進してくる。
 ルームミラーで確認した藤木は、スピードを上げて、田中の前まで来ると急停車した。
「おい、田中乗れ」
窓越しに叫ぶ藤木。田中は荒々しく飛び乗り、車は急発進した。銀行の敷地から飛び出し車道に踊り出た。
 強盗たちは、走り去る車を呆然と見ていた。強盗のすぐ後ろから、警備員と棍棒を持った銀行員が、次々に飛びかかってきていた。袋叩きにあった強盗は、警察官が来る前に血まみれになってうずくまっていた。

 小型車を運転している藤木。銀行の周りを一周して戻ってきた。駐車場では、警察官たちの眼前に袋叩きにあって血まみれになっている強盗たちが転がっていた。
「凄げぇな」
田中はじーっと見つめていた。
「中国は懲罰感情が激しいからな。とりあえず俺らの働きで強盗は取り押さえられたか」
「警察官に事情を説明して、感謝状でももらうか。でもカネになるか」
田中はあまりアテにしてないようだった。小型車は警察官たちの前で停車した。

 スマホをオンにして車の外に出る藤木。
「いやいや、これはどうも。私がこいつらの動きを封じたので、ご覧の通り、強盗は御用と言うわけでして」
藤木は日本語でべらべらと言っていたが、全て翻訳されていた。警察官たちは、驚いていたが、だんだん慣れてきていた。強盗たちは藤木たちを睨んでいた。
「本当か」
上官と思われる警察官が言った。
「こいつらに、聞けばわかります。中国の全国の監視カメラを見れば、こいつらがこの車を盗んでいる所もバッチリでしょう」

 藤木の説明が功を奏したようだった。藤木たちは廊坊警察署に呼ばれ、署長から感謝の言葉を受けていた。
「感謝の言葉は、ありがたく受け取りますが。そのぉ、我々は旅費に困っているもので、日中友好というか、いくらかのお金があると助かるのですが」
藤木はスマホを介して言っていた。
「…ちょっと待ってください」
署長は、その場を離れた。
 「藤木、北京のネットカフェの件、通報されてないかな」
田中は小声で言っていた。
「それはそれ、これはこれ、お役所仕事だから大丈夫だろう」
藤木が言っていると、署長が戻ってくる。藤木はすぐにアプリを起動させた。
 「それでは、あなた方の働きを評して、さらに日中友好ということで、本日のレートで2万8千600円を差し上げましょう」
署長は、もったいを付けたような言い方をしていた。
「ありがとうございます」
藤木は、うややしく応えていた。

 警察署を出た藤木と田中。
「なんだ、全然少ないな」
田中は、アプリがオフになっているのを確認してから言い出した。
「ないよりかは、いいだろう。空港で作らされた『聯銀旅客ウォレット』に、たった今、金額が振り込まれたぞ」
藤木はスマホで確認していた。

 「藤木、今日は野宿か」
夕日が差す歩道の先には、住宅とコンビニしか見えなかった。
「それは避けたいな。夜行バスとかで、北京語以外を喋っている所で行きたいな」
「移動と宿の一石二鳥というわけか」
 藤木たちが歩いていると、路肩に仙人のような風貌の白髪の男がうずくまっていた。
白髪の男は、チューブのようなものをいじっていた。藤木は興味深そうに覗き込んでいた。
「藤木、関わらない方がいいぞ」
「この暗がりにパンクを直そうとしているぞ」
「チューブ、だけだろう。あっ、あそこにバイクとリヤカーがあるな」
田中は足早に通り過ぎようとしていたが、藤木はアプリを起動させていた。
「どうしました」
藤木が声を掛けると、白髪の男は顔を上げず、チューブの穴を探していた。
「見ての通り、パンクの修理だよ」
その男はぶっきら棒に言った。スマホが自動翻訳をしていることに気付いていなかった。
「その右上の所に穴が空いてますよ」
「どこだ」
男はやっと顔を上げた。レンズにひびが入った老眼鏡をはずして、藤木の顔を見ていた。
「貸してください。パンクの修理なら得意ですから」
藤木はしゃがみ込み、チューブを引っ掴んだ。田中は、嫌そうな顔をしていた。
 数分後、パンクの修理が終わり、藤木はパンク修理キットをその男に戻していた。
「いやぁ、助かった。中国人にもまだ人情味のある人がいるのですな」
「いえ、私は日本人ですけど」
「そっ、そうですか。中国語がこんなに流暢なのに」
「スマホが訳してますけどね」
藤木はスマホを見せていた。
「これで、深圳までの旅が続けられる」
男の言葉に藤木たちは驚いていた。
「深圳って広東省のですか。だってあそこまで、この北京近郊から2100キロ以上はあるでしょう」
「北京の再開発で、追い出されたから深圳の親戚の家まで引っ越すのだ」
「それは大変だ」
「何も礼は払えんぞ」
「それは結構。通りすがりのものでして、私は藤木仁で、こっちが田中真一。あなたは」
「わしは洪成と言う」
「洪さん、それじゃ、お元気で」
藤木たちは行こうとした。
「あっ、待った。旅の人よ。深せんまでの道連れになってくれたら、礼はたっぷりと払えるがな」
「えっ、たっぷり、ですか」
藤木が足を止めた。しかたなく田中も足を止める。
「おいおい藤木、大丈夫か」
「なんか、あのじいさんカネの匂いがする」
「本当か」
「当たっていることが多いだろう」
「どうかな」
田中は、腕組をしていた。
 藤木たちは洪に向き直った。
「どうせ、我々も行く当てがないし、ちょうど深せんに行きたかったので」
藤木はスマホのバッテリー気にかけながら言っていた。

 藤木たちは110CCのスーパーカブが引くリヤカーに乗っていた。家財道具が積まれ、その上に乗っかる形であった。バイクは時速40キロ前後で、脇を通り過ぎる他の車から遅いと罵声を浴びたりしていた。バイクにまたがる洪は、平然としていた。この夜は、リヤカーの荷物の中にあった寝袋を借りて、通り沿いのコンビニの駐車場で野宿した。
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