第3話北京

文字数 3,520文字

●3.北京
 藤木たちは、空港ターミナルのタクシー乗り場に行った。
「いよいよ、これが使えるか試す時が来たな」
藤木はドアを開けてタクシーに乗り込む。田中が後に続く。
「北京市内の王府井大街に行ってくれますか」
藤木はスマホ口元近くに持って行き、日本語で言うと、スマホが中国語の音声にした。タクシーの運転手は中国で言ってきたが、スマホのアプリがすかさず作動していた。
「王府井のどこにしますか」
日本語が車内に聞こえる。運転手は思わず後部座席に振り向いた。運転手はまた何か中国語で言った。
「俺の言葉、変になってないか」
スマホから日本語が聞こえてきた。
「運転手さん、このスマホを介して話すと、自動的に翻訳されるから」
藤木は、田中と顔を見合わせて、ニヤニヤしながら言った。
「お客さん、そりゃ凄い」
スマホから運転手の翻訳音声。
「日本じゃ、そろそろ出始めるアイテムたげど」
「素晴らしい。それで王府井のどこににします」
「あぁ、そうだなユニクロの前で頼む」
「わかりました」
運転手の翻訳音声を確認すると藤木はアプリをオフにした。
 「予想以上に、使えるなタイムラグがないぞ」
田中は、藤木が手にしているスマホをしげしげと見ている。
「しかし、こんなに素晴らしいものなのに、沢尻の奴、クラウドファンドで最初はカネが集まらなかったなんて信じられないな」
「お前の後輩はSNSで拡散してなかったんじゃないか」
「沢尻は友達が少ないし、意外にSNSは利用していないからな」
 藤木たちを乗せたタクシーは王府井に向かって走っていた。

 王府井大街にあるユニクロの前でタクシーを降りる藤木たち。
「ここで買い物をしてみるか」
藤木はユニクロの入っているビルを見上げていた。
「タクシーで使えたんだから、バッチリだろう」
 藤木たちは店に入って行く。

「いらっしゃいませ」
店員たちが藤木たちを見ると言い出した。
「藤木、アプリは作動しているのか」
「いや、まだだ」
藤木は微笑んでいる女性店員と目が合っていた。藤木はその店員の方へ行く。
「ここは、日本語で応対しているの」
「日本人の方にはそうしています」
と女性店員。
「どうして日本人とわかった」
「日本で売っているシューズを履いているのと服装でだいたい察しがつきます」
「そういうものかな。実は俺ら、翻訳アプリのテストに来ているんだが…」
「そうなんですか。私は中国人ですから試してみてください」
「ちょっと待って、今作動させるから」
藤木がスマホのアプリをオンにしていると、田中もそばに来た。
「おいおい、藤木、いつまでナンパしている」
翻訳アプリは田中の声を拾って、訳し中国語にしていた。女性店員は、少し驚いた顔をしていたが、アプリに驚いたのか、ナンパに驚いたのか不明であった。
「いやいや、失礼、今のはこいつの勘違いだ」
藤木が日本語でいうと、スマホから中国語が発せられた。
「この手のものは中国にもありますけど」
女性店員はそう言って、目を丸くしていた。
「私の言葉が日本語になっているの。それも同時に」
「そうなんです。同時翻訳会話ができるのがミソです」
藤木と女性店員は、普通に会話できていた。
「完璧だな。俺にも貸してくれよ」
田中は少々残念そうにしていた。
「これだと、ビジネス交渉もできそうですね」
女性店員の中国語が日本語になっていた。
「しかし、ユニクロで値段交渉はできないでしょう」
「それなら、斜め向かいにある骨董店など行かれて試してみたらどうでしょうか」
「店員さんは骨董店の回し者かい」
「はい。そうとも言えます。私の親が経営していますから」
「なるほどね」
藤木は、本当にナンパしようかと思っていた矢先、女性店員は他の女性客に呼ばれ、
立ち去ってしまった。
 「藤木、あの娘、なかなかいい感じたな」
田中はまたしても残念そうな顔をしていた。
「明日は、1日中、俺にスマホ貸してくれよ」
田中は藤木のスマホを触りたそうに見ていた。
「お前のスマホにも、ダウンロードしておけば良かったかな」
「こんなに使えるとは思っても見なかったから。それで骨董屋に行くのか」
「行ってみよう」

 藤木たちは、真新しいビルの一角にある古びたインテリアの骨董店に入った。店内を一通り見て回った。
「藤木、中国の骨董に詳しいのか。俺はサッパリだぞ」
「俺は多少は目利きの才能がある。任せておけ」
「本当か」
「店主、あそこの赤い壺を見せてくれないか」
藤木はアプリを作動させた聞いた。店主はあまり気にすることもなく、平然と赤いつぼを棚から下してきた。
「こちらは明代・萬歴年製の呉須赤絵雲龍文小壺の銘品です」
店主は自分のことが日本語にもなるので、藤木のスマホをじーっと見ていた。
「これが正確に言葉を訳しています」
藤木はスマホを店主に見せていた。
「そうですか。それでこの銘品は129万3千800円になります」
「ええっ、そんなにするの」
「お客様、これでもかなり掘り出し物のお値打ちものになります」
「しかし高過ぎる」
「通常、この値段では手に入りません」
「本物かどうか証拠のようなものはありますか」
「萬歴年製の銘がこのように入っています」
「とは言っても、60万円ぐらいにならないか」
「それは無理です。帰っていただけますか」
「ユェンピャンでお支払いなら、多少値引きは可能ですが」
「ユェンピャンって何ですか」
「中国で総資産額1位の仮想通貨改め暗号資産と呼ばれているもの…」
スマホの言葉が止まり、表示には翻訳不能と出た。
「まずい、翻訳ができなくなった」
藤木は田中の顔を見ていた。
「引き上げようぜ」
「そうだな。シェイシェイ」
藤木は店主に愛想を振りまいて店から出ていつた。

 藤木達はカネがあまりないので、王府井のはずれにあるグレードが高めのネットカフェに泊まることにした。
「どうだ、日本と連絡が取れたか」
田中が飲み物を持って藤木のブースに入ってきた。
「日本て使えるSNSは全部つながらない」
藤木は田中が持って来てくれたアイスコーヒーをすすっていた。
「そのスマホもここのPCも使えないか」
「中国は情報統制がしっかりしているからな。それで電話してみたんだが、沢尻の奴、忙しいのか留守電になるだけなんだ」
「留守電にアプリを使った感想を言ったか」
「一応言っておいたから、商品化の役に立つだろう」
「あぁ藤木、明日は俺にスマホアプリを使わせてくれ。いろいろと試したいことがあるから」
「わかった。いい娘、見つけろよ」
「失礼だな。それだけじゃないぞ」

 翌日、藤木はスマホが使えないので、ネットカフェでゲームをやったり映画を見たりしていた。田中は、午後五時頃に若い中国人女性を連れて戻ってきた。
「彼女の行きつけのネットカフェなら、日本など海外のSNSとつながるって言ってたから、連れて来たよ」
田中はが紹介すると中国人女性は軽く微笑んでいた。
「黒髪が艶々しているし、美人じゃないか」
「アプリのおかげだが、ただのナンパとは違う、意味があったろう」
「彼女の名前は」
「ワンルォシーって言うんだが…」
田中はワンにスマホを手渡す。ワンはそれを口元付近に持っていく。
「王若渓です」
スマホからは漢字の日本語音読みが聞こえてきた。
「私の行きつけのネットカフェだとアプリのテストデータが送れますよ」
王はアプリを使うのを楽しんでいるようだった。
「わかった」
藤木は、僅かばかりの手荷物をまとめていた。

 藤木たちは、1ブロック離れた所にある『秋葉』の看板が掲げられているネットカフェに入った。グレードは低めで雑然としているが、日本などの海外のサイトとつながることができた。
 無事にデータを沢尻に送れた藤木。
「あの監視カメラは、政府とはつながってないのか」
スマホを取り戻した藤木は王に聞いた。
「ここは裏ネットカフェだから、あのカメラの映像は偽のものが送られているの」
「あぁ、結構ヤバイ所なのか」
「日本と同じネット環境を欲している人たちが集まる場所だけど」
「なんか大変そうだな」
 急に警報が鳴り出した。
「火事か」
藤木は、周囲を見るが煙も火も見えなかった。
「警察の手入れだわ」
王は表情が一変して険しくなっていた。
「全く、誰がチクったのかしら。反政府扇動罪で捕まるわ」
「チクるとは、正しい選択だ。この場に適した翻訳だぞ」
スマホの言葉に感心している藤木。田中と王は、非常階段の扉に向かっていた。藤木も後を追った。
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