第20話 帰還

文字数 6,051文字

●20.帰還
 月往還船は月の周回軌道を脱して、地球に向かっていた。
「しかし、月往還船だと、チューブの味気ないものと違って、調理した食べ物が食えるから良いな」
藤木はカレーライスを食べていた。田中は藤木の言葉が上の空になっていた。
「田中さん、どうしたの。あっ」
アメリアは声をかけながら、田中が見ている丸窓の外を見ていた。
「二人とも、どうしたんだ」
藤木はスプーンを宙に浮かして、丸窓の見える所まで漂って行った。
 窓の外には、発行体が並走するよう動いていた。
「あれは、なんだ。宇宙船にしては小さ過ぎるし」
藤木も口を開けながら見ていた。
「人工衛星は、地球からこんなに離れている所まで来ていないわよね」
「ついに俺はUFOってやつを見たのか」
田中は若干嬉しそうにしていた。
「しかし気になるな。万が一、攻撃でもして来たら、こっちには応戦する武器なんか何もないぞ」
「あら、猛スピードで右の方へ行って…今度は船尾の方に回ったみたい」
アメリアが言った通り、発光体は、物凄いスピードで移動していた。
「なんだろうな。挨拶でもしてみるか」
藤木はレーザーポインターを取りに行こうとしていた。
「藤木、よせ。攻撃と勘違いされたらどうする」
「ヒトシ、止めた方がいいわ」
「わかったよ」
藤木は行きかけたが手すり捕まって止まっていた。
「あ、どんどん離れて行くわ。消えた」
「どこにもいないぞ、藤木の動きを察知したのかな」
「それはないだろうが、自然のものなのか、何らかの乗り物なのかわからんな」
「でも、宇宙飛行士の話に不思議な発光体のことは、良く出ているからな」
田中は、船外カメラの映像に残っていないかチェックしていた。
「どうだ。記録されていたか」
「ほとんどがカメラの死角にあるけど、ここだけちらりと見えるぞ」
「地球に帰ったら、俺が選んだ鉱物同様に、これも分析してもらおう。しかし宇宙にはまだまだ人間が知らないことが沢山ありそうだな」
藤木は、宙に漂っているスプーンを再び手にしていた。

丸窓から外を見ているアメリア。
「地球が幾分大きく見えるようになってきたわね」
アメリアは嬉し気にしていた。
「そろそろ、北芝薬科大の池田たちと連絡を取るか」
藤木は、ネット回線をつなぎに操作盤の所まで漂って行った。田中は、イヤホンをしてエアロバイクで汗を流していた。

 藤木はアイロの電源をオンにした。
「諸君、元気にしてたか」
藤木はアイロの真ん前に浮いていた。
「おぉ藤木さん、よくぞご無事で。やりましたね、月面に降りた最初の日本人じゃないですか。おめでとうこざいます」
アイロの口のスピーカーから拍手の音が聞こえていた。
「喜ぶのは、俺が地球に戻ってからでも遅くないぞ」
藤木が言うと、アイロは手を差し伸べてきた。
「取りあえず、握手させてください」
池田の声がしていた。
「ロボットを介して握手か、なんか変だな」
藤木はアイロと握手していた。
「やったぁ!それと、マスコミも阻止する会の連中も、藤木さんが未だに訓練センターにいると思ってますよ」
「そうか。俺が空から舞い降りたら、驚くだろうな」
「ぶっ倒れるんじゃ、ないっすか」
「それはそうと、また製薬開発の件、頼むよ」
「わかりました」

 アイロは製薬用パレットに手を突っ込み調剤などをしていた。その傍らで、藤木は地表帰還船と帰還コンテナーのチェック・シーケンスを実行していた。操作盤のモニターには、は地表帰還船と帰還コンテナの3D模式図が表示され、事細かにチェック結果が表示されていた。
「地表帰還船はオールクリアだな。これで無事に地球に戻れるぞ」
藤木は喜んでいるものの、チェック結果の表示に時間がかかっている帰還コンテナーの方を横目で見ていた。異常を知らせる箇所が反転していた。藤木が黙ってモニターを見ているので、田中とアメリアは気になっていた。
「藤木、どうした」
「まずいな、帰還コンテナーの耐熱タイルに一部剥がれた箇所がある」
「剥がれがあるとしたら、コンテナーは燃え尽きてしまうじゃないの」
「1トンまで運べるコンテナーが使えないとしたら、100キロの鉱物はどうやって運ぶんだ」
田中も反転箇所を見つめていた。
「タイルを補修するか、地表帰還船に手荷物として持ち込むかだな」
「手荷物っていったって、どらくらいよ」
「アイロのメンテナンス部品を載せないとしても、せいぜい40キロってところだな」
「それじゃ、藤木のお宝の残りは月往還船に残したままか」
「後で何回かに分けて運ぶしかないだろう」
「まぁ、全部価値があるとは限らないから、仕方ないかもな」
「タイルを補修する時間はあるかな」
藤木は補修に要する時間を概算していた。
「できないこともないな」
「また藤木が船外活動して、俺が助けに行くようなことにならないか」
「今回は、太陽フレアはないから、慌てる必要はなさそうだが」
「ねぇねぇ、こっちの反転しているのは何」
アメリアが、帰還コンテナの3D模式図を指さしていた。
「えっ、あぁ、コンテナーの開閉部にも不具合があるのか」
「藤木、こりゃ岩田統括マネージャーに文句を言わないとダメだな」
「しかし、打ち上げ時には問題がなかったから、月を往復している間の熱膨張は収縮が原因じゃないか」
「そうか。それでもそれを想定して作ってもらわないとな」
「一応、統括マネージャーには言っておこう。でも、これで完全にコンテナーは使えなくなったな」
「手荷物で持っていくものを仕分けした方が良くないかしら」
「それは俺がやるよ」
藤木は、月着陸船の方へ漂って行った。
 藤木は、鉱物の塊を数キロずつ、小まめに往復して、月着陸船から地表帰還船に運び入れた。無重力なので、重さはほとんど感じなかったが、ハッチを潜り抜ける際には、袋が引っかからないように注意していた。 

 月往還船は地球の周回軌道に乗った。宇宙に浮かぶ青い地球は、夜の部分に入ると都市の明かりが点々と広がっていた。
 藤木は地表帰還船のハッチを閉め、最後に乗り込んできた。藤木はアメリアと田中の間の真ん中の席に座り、シートベルトを装着した。
「みんな、やけに静かだな。緊張しているのか」
「藤木、何のチェック漏れはないよな」
「鉱物の袋はしっかりと固定したわよね」
「オールクリアときたもんだ。地表のオペレーターさん、これより大気圏再突入いたします」
「了解」
再突入の際のオペレーターは打ち上げの時と同じ声の人物であった。
「行くぞ」
藤木が手元のボタンを押すと、地表帰還船は月往還船から切り離された。自動で再突入角度に調整され、降下して行った。

 だんだん、帰還船内にも振動が伝わり、丸窓の外には炎が見えていた。
「このまま黒焦げにはならなよな」
「田中、窓を見ない方が良いぞ」
「船内温度は大丈夫かしら」
「心配すんな」
藤木はさり気なく、アメリアの手を握った。アメリアの表情は少し和らいだようだった。

 「この落ちていく感覚は、金玉が上がって行く感じだな」
「藤木、レディの前だぞ」
「そろそろ、パラシュートが開く頃よ」
アメリアが言った数秒後、パラシュートが開き、落下速度が急激にゆるくなった。
「俺の出番だな」
藤木は、船外のブレークコードと連動している手元のレバーを操作し始めた。
「藤木、パラグライダーはやったことあるのか」
「ない。訓練センターでシミュレーションをやっただけだ」
「ヒトシ、もうちょっと右のブレークコードを引っ張らないと、コースから外れるわ」
「コースって。モニターは手元にあったか。上下感覚がおかしくなっているからモニターの位置がわからなかったよ」
「藤木、左に傾き過ぎてないか」
「ゴメンコメン。あっやり過ぎたか」
藤木はレバー上手く操作しているつもりだが、地表帰還船はふらふらと揺れながら降下して行った。

 「八丈島が見えて来たわ」
「あっ、あれだな。任せてくれ。おっと」
藤木はレバーを傾けていた。
「藤木、通り過ぎたぞ。かなり沖合に向かっている」
「宇宙港の着陸ポートに降りることは、難しいな」
藤木が言った直後に帰還船は着水した。

 八丈島の周辺海域で待機していた回収船が白波を立てて、帰還船に向かっていく。太平洋の日差しを受けている帰還船は、周囲にオレンジ色の浮袋を膨らませて漂っていた。
 ハッチが開けられ、藤木がまず顔を出した。周囲のボートからスタッフが帰還船に乗り込む。藤木たちはスタッフに抱えられてボートに乗り換えていた。この周辺海域には八丈島の漁船も何隻か姿を見せていた。
 
 藤木たちは宇宙港内にある地表適応施設にいた。3人は横並びに歩行マシンの上をゆっくりと歩いていた。
「たった9日かそこらで、こんなに筋力が衰えてしまうものかな」
藤木は壁際のマガジンラックに目が行っていた。
「これでも、船内で筋トレしてたから、まだマシなんじゃないか」
田中は額の汗を拭っていた。
「当たり前と思ってた重力だけど大切なのね」
「ありがたいものだな。話は変わるがあれ見ろよ」
藤木が見ている新聞の見出しには『私物化男の帰還 ~やっぱり月に行っていた~』とあった。藤木が帰還船の
ハッチを開けて出てくる写真も掲載されていた。
「昨日の朝刊ね」
「これって、周りにいた漁船から撮っているんだろう」
「なんか、藤木の写りが悪いな。撮られるとわかっていたら、メイクでもしておけば良かったんじゃないか」
「メイク…そんなものして、茶番のセリフでも言えば良かったか。やるわけないだろう」
「でも、結局ヒトシは訓練センターに居たままと思われ、月行きを阻止できなかったわけだから、してやったりでしょう」
「まあな」
藤木が言っていると、スマホの着メロが鳴った。スマホを耳に当てる藤木。
「藤木先輩、元気そうな声ですね。もう地球に慣れましたか」
沢尻は、明るい声であった。
「あぁ、なんとかなっているってところかな」
「月探査報告ミーティングの件ですが、1週間後にルナの渋谷支社で行うことに決まりました」
「洪さんもヴィジャイさんも来るのか」
「はい。今回はお二方とも来日します。それにフランク坂田氏も来ます」
「それは楽しみだな。俺も一週間後ならピンピンしているはずだ」
「それとネット動画サイトがインタビューを申し出ていますが、どうしますか」
「私物化男の真相を突くとかいうのか」
「いえいえ、新聞やテレビと違って、ネットの方は先輩を好意的に見ていますから、冒険談を聞きたいと言ってました」
「取りあえず、忙しいからと断っておいてくれ」
「わかりました」

 一週間後、ルナ・ロジスティックス社の渋谷支社の大会議室には、洪、ヴィジャイ、フランク坂井、沢尻、岩田統括マネージャー、田中、アメリアが楕円テープルを囲んでいた。皆それぞれ翻訳アプリをオンにしていた。演台に立つ藤木。
 「今回行ってみて、わかったのですが本格的な基地を作らないと安定した掘削はできないと思います。いずれにしましても、一つ一つ段階を踏んだ形で進める必要があります」
藤木は、ビショップベーター・クレーターの画像を背にして喋っていた。
「それで、ヘリウム3、ケイ素、カリウム、レアアース希土類元素、リンの類は一切持ち帰っていないのかね」
洪はいささか不満げであった。
「今回の掘削機械では、正直言って取り出すための時間もなく、かなりの危険も伴いました」
藤木が言うと、アメリアはうなずいていた。
「それは、当初の想定が甘かったと言えますな」
洪はビジネスの顔になっていた。
「その持ち帰ってきた40キロの鉱石はどれくらいの付加価値が付けられそうですか」
ヴィジャイは、頭でそろばんを弾いているような感じにも見えた。
「まだわかりませんが、宝石的価値や学術的価値などを多方面から探っています」
「そちらは、私の方で専門家に依頼しています」
沢尻が補足していた。
「それらの価値に期待するしかありませんな」
ヴィジャイは、大型モニターに映っている帰還船から下された鉱石の山を見ていた。
「ここまではミラー家の土地の埋蔵資源についてです。次にルナ・ロジスティックス社と名乗る本来の意味となります、月と地球間の運搬について述べたいと思います。むしろこちらの方が巨額のカネが稼げる可能性があります」
「運搬事業ですか。そちらの方が期待が持てそうですな」
洪は、元々こちらの方を見越していたようだった。
「昔の電鉄経営にならって、ルナ社の月往還船を利用してもらって、運賃を稼ぎ出すのです」
「需要の見込みはあるのですか」
ヴィジャイがすかさず言う。
「ですから、小林一三氏のごとく宝塚劇場のようなものを作り、需要を作りそこに人を行かせるのです」
「今の所、国際月面基地の機材運搬や、国際宇宙ステーションなどへの人員輸送ぐらいでしょう」
フランク坂井にやっと口を開く機会が訪れていた。
「いや、それではインパクトがないので、マイニング・ラッシュみたいなことを演出して、月往還船を利用してもらいたいのです」
「ゴールドラッシュのようなものですか」
沢尻は、合いの手のように言っていた。
「その宝塚劇場のようなものとは」
洪は藤木の顔を食い入るように見ていた。
「ミラー家の土地を一獲千金の採掘場としたり、宿泊施設を作ったりするのです」
「一獲千金ですか」
ヴィジャイが反応していた。
「それには、私が持ち帰った月の石に何らかの価値を付けて、カネになるとうたう必要があります」
「となると、付加価値を付けることがキーポイントになりますな」
洪は、言葉に重みがあった。岩田統括マネージャー、田中、アメリアはうなずくか、藤木の顔を見るぐらいしかなかった。
「今後、藤木さんはどうしたいのです」
ヴィジャイは目をぎょろつかせていた。
「7年で3兆円といった巨額を投資していますが、これを5倍10倍にもして見せます。私にドーンと任せてください」
藤木は、胸を張って言い放っていた。
「今までの実績を買えば、期待もしたいところだが、この先は厳しい局面になりそうだぞ」
洪はなかなか頬を緩めなかった。
「あのー藤木さん、製薬の方も忘れないでください。取りあえず今回の無重力空間利用で目ぼしいものが作れたことは事実です」
フランク坂井は、言いたかったことがやっと言えた感じであった。
「そうなんですか」
沢尻が思わず声を上げていた。藤木はニンマリとしていた。
 報告ミーティングの後は、和やかな懇親会になった。藤木たちの宇宙船内での出来事や月の話題で盛り上がっていた。洪とヴィジャイは、面と向かって会ったの今回が初めてであったが、意外にも経営姿勢などで打ち解けて話していた。
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