第21話 錬金術

文字数 5,855文字

●21.錬金術
 藤木たちは、宇宙飛行士訓練センター内に開設された宇宙科学館の事務所にいた。
「なんか、暇な仕事だな」
田中がぼやいていた。
「取りあえずの、我々の配属先はここだから、仕方ないだろう」
藤木はデスクトップPCで、調べ物をしていた。
「午後には地元の中学生たちが見学に来る予定よ」
「そうか。それにしてもそろそろ埼玉理科大の分析結果が出ても良い頃だろう」
藤木は壁に掛けてあったカレンダーにちらりと目を向けていた。
「分析不能の鉱物なのに、分析できるのか」
「月にあった新種の鉱物とか、何億年前のものがそのまま露出していたとかが、わかれば良いんだよ」
「そう、うまい具合に行けば良いがな」
「アメリア、アメリカは、月の石の個人譲渡や所有は禁じられているのか」
藤木はアメリアに向き直っていた。
「NASAのは原則禁止だから無理ね。だからオークションにかけられているのは、旧ソ連もしくはロシアが持ち帰った月の石よ」
「そうかでも、日本では個人所有禁止の法律はないようだぞ。となると付加価値などなくても、月の石と言うだけで売れるな」
藤木は嬉しそうにPCモニター画面を見ていた。
「まだ世界中で法律は曖昧なままだから、今がチャンスね」
「このオークションの落札価格を見てみると、3センチ大で約6500万から2億6000万円程度で売れるってわけだ」
「藤木、レアアースを掘り起こすよりも効率が良いんじゃないか」
「そうだな。これを活用した儲かる仕組みを考える必要がありそうだ」
「ある種の錬金術みたいなものね」
アメリアはそう言うと、午後の予約の中学校の引率の先生が来たので、受付窓口の方に行った。

 田中とアメリアが、中学生たちの見学コースを案内している間、藤木は一人事務所に構想を練っていた。遅れて見学に参加してきた中学生の名前をチェックするぐらいしか、仕事はしていなかった。
 田中達が案内を終えて戻ってきた頃、藤木はホワイトボードに何やらいろいろと書き込んでいた。
「藤木、錬金術の方はどうだ」
田中はホワイトボードを見ていた。
「宇宙は博士号を取ったり、訓練が大変そうだし、莫大なお金もかかるし簡単に行けそうもないから、興味がないですって」
アメリアは受付窓口越しに、帰っていく中学生の後姿を見送っていた。
「その考えを変えさせないとな。それでこれはどうだろう」
藤木は、ホワイトボードをバンと叩いていた。
「基本的に100億円の運賃で一人を月面に送るつもりだ」
「藤木、100億円、これじゃ庶民は興味がわかないぞ」
「100億円と言うことは、1000人で1000万円だよな。実際に月面に行くのは、1000人の中から選ばれた一人にして月の石を拾ってくる。みんなの期待を背負う形でな」
「前例ないスタイルね」
「1000万円を出資した人は、自分が月面に行ける可能性もあるし、選ばれて行った人が拾ってきた石の価値次第では、利益還元として1000万円が1200万、2000万にもなるかもしれない」
「しかし1000万円の投資も庶民的ではないぞ」
「それなら、一人100万円のの出資者1万人ならどうだ。100万円で月面に行けるかも知れないんだぞ。宝くじよりかも刺激的ではないか」
「1万分の1の確率で月面に行け、それがダメなら100万円が200万にもなるかもということか」
田中は文句は言わなかった。
「ここで重要なのは、我々の儲けを載せて一人100億円で月面に行かせることと、100億円以上の値になる月の石を持ち帰ることなんだ」
「月往還船と月着陸船は、軌道上にあるのだからまだ何回も使えそうよ。96億円ぐらいで行けるんじゃない」
「地球から一回一回打ち上げて、月面着陸をやらないのがルナ社の強みだだからな。早く予約したら98億円みたいなので、どうだろう」
「なんか、良さそうだけど、もっと煮詰めた方が良さそうじゃないか」
田中はホワイトボード数字を眺めていた。

 藤木たちはネット動画サイトのスタジオに来ていた。スタジオには『日本人初!月面に降り立った男』とボードが掲げられていた。地上波テレビ局と動画サイトとのコラボ企画であった。
「それで、田中さんは、ずーっと軌道上からサポートしていたのですか」
地上波テレビ局側の司会の男性お笑いタレントが、マイクを田中に向けていた。
「サポートっていうか、はい」
「藤木さんと最初に月に降り立つのはどっちか、熾烈な争いはなかったんですか」
「ええっ、争い。特にないです。だいたい月に行くこと自体、気が進まなかったから」
男性お笑いタレントは期待はずれという顔をしていた。
「アメリアさんは、無重力の時と月面でのヘアスタイルには、どんな点に気を付けてましたか」
地上波テレビ局側の女性アシスタントのタレントが、アメリアにマイクを向けていた。
「特に考えたことはなかったですね。後ろに束ねてました」
「メイクはどんな感じでしたか」
「何もしてませんよ。だいたいそんなことに構っている暇はなかっですから」
アメリアは面倒臭そうに答えていた。動画サイトの画面には『テレビ側の司会者はくだらないこと聞くな』
『化粧品会社の回し者か』などの文字が流れていた。
 「ここで、月までの距離と所要時間はどれくらいですかという動画の視聴者からメッセージが届いています」
動画サイト側の司会担当者が言っていた。
「だいたい38万キロで、3日はかかりました」
「太陽フレアは船外活動中に起きなかったのですかというのありますが、どうでしょうか」
「ありましたが、間一髪で放射能を浴びなくて済みました」
藤木はアメリアの方をちらりと見ながら言っていた。明らかに動画サイト側の人間と地上波側の人間は藤木たちに対する捉え方が違っていた。

 月着陸船が月面に着陸するシーンの映像が流れた。映像開けに司会の男性お笑いタレントは、藤木に向き直っていた。
「いよいよ、ここで藤木さんが降り立つ、記念すべき瞬間ですね」
「そんな大げさなものではないですが」
「ここで、日本人にとって大きな一歩とか言ったんですよね。あっ言いませんでしたっけ」
男性お笑いタレントは、ウケたので喜んでいた。
「特に着陸時のコメントは考えていなかったんですよ」
「なんか言えば、名言として後世に残せたのに」
「名言になんてなりましたか、新聞やテレビに嫌われていた私の言葉ですよ」
藤木が言うと、動画サイト側のスタッフたちは笑っていたが、地上波側のスタッフは渋い顔をしていた。
「それで月を私物化する男って言われたり、搭乗を阻止する動きがあったことには、不満なんかありますか」
男性お笑いタレントは、意外にも話題を変えずに切り込んできた。
「今回の着陸を見ればわかりますが、私物化してませんし、搭乗は全然阻止できなかったですから」
藤木は高笑いしていた。動画サイト側のスタッフたちは大笑いし、地上波側のスタッフの一部もくすくす笑っていた。
 「今回は掘削した資源などは、ほとんど持ち帰らなかったと聞きますが、本当ですか」
動画サイト側の司会担当者が別の質問をしてきた。
「その通りです。だから私物化なんてしてませんよ。ただ月の石を持ち帰ったんですが、それがね。思ったより価値がありまして、本当にびっくりしているんです」
「価値ですか」
動画サイト側と地上波側の司会者、その場に居合わせているゲストタレントも口を揃えていた。
「ざっと見積もった限りでは3センチ大で80億円ぐらいになりそうなんです。それが100キロですから、かなりの額になるでしょう」
「そ、そんなにですか」
司会の男性お笑いタレントがぼそりと言っていた。
「ですから、私はこのお金を元に、月の石の投資や月面に行けるチャンスを広く一般の人から募りたいと思いまして」
藤木はこの時とばかり言いかけた。動画サイトの画面には『誰でも行けるの』『ぜひ知りたい』『いくらだろう』
などと流れていた。
「藤木さん、ここで宣伝しますか。番宣のノリですね、でも手短でお願いします」
男性お笑いタレントは、仕方ないという顔をしてから愛想笑いをしていた。
「ルナ・ロジスティックス社の月面投資の件は、近々詳細をホームページに載せますんで、よろしくお願いします」
藤木は高笑いした顔を打って変わって、真剣な眼差しで言っていた。

 月面投資の案内をルナ・ロジスティックス社のホームべージに載せたところ、アクセス数が徐々に上がり、その説明応対に藤木、田中、アメリアも駆り出されていた。しかしこの日、藤木は月の石の分析を頼んでいる埼玉理科大学から連絡があったので、急遽エアモビリティ4で訪ねていた。
 「お忙しい所、お呼びたてして、すみません。しかし、人類の歴史を一変させるかもしれない物凄いことを発見したもので」
地学及び衛星・惑星学研究室の竜川教授は白衣を翻しながら歩いていた。
「歴史を変えるほどのことですか」
藤木は目を丸くして歩いていた。地下2階にある実験室に向かっていた。
 実験室には、月の石を何枚かにスライスしたものが並べられ、それぞれに電極が付けられていた。 
「これは、地球上になかったものです。辛島君、電源を」
竜川は、少し離れた所に居る助手に声を掛けていた。
「見てください。これらの鉱物に電気を流すと、弱いながらも重力場を発生するのです」
竜川の目の前にあるスライスされた月の石の上にあるセンサーが僅かに下に下がったように見えた。
「ちょっと、見た限りでは、わかり難いのですが」
「藤木さん、重力計を見てください、+0.1Gを指してます。つまり地球の重力の10分の1の重力が発生しているわけです。電流を切ると+0となります」
「重力が電気で起こせるのですか」
藤木はあまり関心がなさそうであった。
「こんなことは、今までの常識では考えられないことです」
竜川の目はランランと輝いていた。
「それじゃ、竜川教授はこれでノーベル賞ものですか」
「そうかもしれません。この月の石は、新種の鉱石なのです」
「するとこれは重力石とか、タツカワナイトととか言うんですかね」
「いやいや、月でこの石を見つけたのはあなたです。ですから私の論文には『タツカワ・フジキナイト』としています」
「タツカワ・フジキナイトですか。栄えある名を冠してもらっても、宝石のような価値はなさそうですね」
「藤木さん、飛んでもない。目の玉が飛び出るほどの価値があります」
「そうなんですか。それは幸先良いってことですな」
藤木はスライスされた月の石を愛おしそうに見ていた。
「まだ実用化には、重力を高めるなど時間が必要ですが、あらゆる産業に計り知れない革命を起こすことでしょう。エアビークルなどは、ドローンタイプとは違った形になるはずです。宇宙船内や月面でも地球と同じ重力で過ごせる空間が作れます」
「この他に何か目ぼしい鉱物はありましたか」
「ペイン石と類似性が高いものは、磨くと宝石のような輝きを放ちます。こちらも結構、付加価値が連れられます」
「それじゃ、今回の100キロでいくらぐらいになりそうですか」
「最低でも90億から110億円で、私の論文次第では、最高額は天井知らずになるかもしれません」
「ということは宇宙船に3人乗せれば、総額270億から330億円が稼げると広告が打てるな。何とかなりそうだぞ」
「それは…、タツカワ・フジキナイトとは別の件ですか」
「月面投資の話です。こっちで稼いで、竜川さんの実用化に向けた研究開発費に当てますよ」
「良いんですか、それは助かります。大学はなかなか研究費を出してくれませんから」
「これはイケる。私にドーンと任せてください。お互いにウィンウィンと行きましょう」
藤木は高笑いしていた。

 藤木は訓練センターの第一体育館にいた。肘まである長手袋を装着し、外骨格アームと外骨格フットをバンドで固定した。最後にモニター内蔵のゴーグルとヘッドセットを装着した。バーチャル・スーツ一式を持ってきたスタッフは、藤木のそばにいた。
 「電源をオンにした。おぉ、目の前に田中が立っている」
藤木はゴーグル付けたまま、一人で喋っていた。
「どうだ、第二体育館にいる感じか」
ゴーグル画面上で田中が覗き込むようにして言っていた。
「音とかは聞こえるが風とかは感じないからな。しかし手は繊細に動かせそうだ」
「藤木、俺と握手してみるか」
「わかった」
藤木は手袋の手で宙に向かって握手していた。
「痛いっ、おい、力を加減しろよ」
「悪いな、まだ慣れてないものだから。そーっとだな」
藤木は手袋の手を緩めていた。
「目の前のテーブルの辞書をめくってみろよ」
「OK、やってみる。おぉ、これは凄い、薄いページの感触が伝わってくるぞ」
「こちらのロボットに人が入っているように動いているよ」
「この改良型は、従来のものと格段に操作性が向上したって、スタッフが言っていたが、予想以上のようだな」
「今度は、歩いてみてくれ」
田中に言われた藤木は、その場で一歩踏み出していた。
「第二体育館のロボットも動いているぞ」
「そうか。面白いなこれ」
藤木は、少し走ってジャンプしたり、ムーンウォークをしたりしていた。
「おい、藤木、何やってんだ」
「そこまでやるなら、この一輪車に乗ってみるか」
田中は、第二体育館のロボットの前に一輪車を置いた。
「そんなもの、ちょろもいもんだ」
藤木は第一体育館の何もない所で、一輪車に乗るポーズをしていた。
「おっ、上手くの乗れたぞ、行ける。あぁ」
藤木のゴーグルの画面には第二体育館の床がアップになっていた。
「おいおい、ロボットがすっ転んだぞ」
田中がロボットを起き上がらせていた。
「故障はないか」
藤木は申し訳なさそうに、ロボットを介して田中の方を見ていた。
「…大丈夫だ。あ、ボティの塗装が一部取れているけどな」
「これなら、月面での作業に使えるかな」
藤木は、手袋の手を握ったり開いたりしていた。
「たぶん往復2秒ぐらいのタイムラグがあるから繊細な作業は無理でも、ガイド役には使えるだろう」
「地球に近い間は、繊細な作業用で、月面では大まかな作業と案内ガイドとして役立てるか」
藤木はゴーグルなどを外し始めていた。
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