第14話 ルナ・ロジスティックス社

文字数 4,653文字

●14.ルナ・ロジスティックス社
 ルナ・ロジスティックス社の入っているビルの屋上には、H-REFINE社から借りたエアモビリティ4が置かれていた。
「由美もまさか屋上から外に出るとは、思わないだろう。田中、留守番を頼むな」
藤木はビルの下を覗いていた。
「藤木、操縦というか運転できるのか」
「レクチャーを受けたから大丈夫だ。それに自動モードがあるからな」
藤木は、エアモビリティ4に乗り込んだ。
 藤木の乗ったエアモビリティ4が屋上から飛び上がったみると、見える範囲の東京上空には10数台のエアビークルが飛んでいた。藤木は羽田空港に行先をセットした。地上を行く、どの乗り物よりも早く15分程で羽田の駐車場の屋上に着陸した。

 羽田から飛行機で八丈島に降り立った藤木。空港からは旧アストロランナー社員だったルナ・ロジスティックスの現地スタッフに案内され、ロケット発射場に向かった。
 ロケット発射場は八丈島周回道路から少し入った南部にあった。
「ここからは、15センチ大の小型衛星を打ち上げた実績があります」
現地スタッフの深谷は発射塔を指さしていた。
「そうですか」
藤木は八丈島の空に向かってそびえ立つ発射塔を見上げていた。
「もしここから月に向かう宇宙船を打ち上げるとしたらもう少し拡張する必要があります」
「…ここは東京から近いし、いずれは東京宇宙港にできそうじゃないですか。そのためにはもっと広げないと…」
多少埋め立てる必要がありそうだ」
「宇宙港ですか」
「だってそうだろう。月の資源を所有した後は、月と地球の物流を担うのだから」
「ちょっと壮大過ぎて、私には…」
「21世紀にもなってだいぶ経つのに、未だに宇宙港がないなんて、おかしいと思わないか。いや、頭がおかしいの俺の方か」
藤木は高笑いしていた。深谷は複雑な顔をしていたが、少しつられて笑っていた。
「それで藤木CEO、今日はロケットエンジンの燃焼実験を行う予定なので、次に試験場をお見せします」
「着々と準備が進んでますな」
藤木は伸びをしていた。

 この日、藤木はルナ・ロジスティックス本社にいた。
「この落合の方が本社というのも、釣り合いが取れないな」
CEOの席に座る藤木。
「旧アストロランナー社の渋谷支店の方が本社らしいよな」
隣のCBOの席に座る田中。
「でも、一つにまとめて立派な本社ビルを建てるよりも、月の資源の方が優先だよ」
藤木はデスクの月球儀を回していた。
「一見、我々の周りにはカネがあるみたいだけど、なんか自分のカネと言うよりは会社って感じたな」
「田中、しおらしいこと言っているが、ついに最新のスマホに買い替えたじゃないか」
「必要に迫られていたから」
田中が言っているとパートから社員になった中年女性が近寄ってきた。
「またあの女の人、来ましたけど」
中年女性社員は、呆れたような顔をしていた。
「出掛けているって言ってくれ。ルナの方を嗅ぎ付けてきて、これで何度目だ」
「18度か19度目かしら」
「しつこいな。わかった。今日はハッキリと言ってやるか。慰謝料は払えないと」

 ルナ・ロジスティックス本社の応接室。
「あなた、凄いじゃない。こんなにいろいろと会社を手掛けているの」
「俺一人で、やっているわけではないし、大変なんだ」
「もう、慰謝料のことは良いのよ」
「それは助かる」
「あれから、いろいろな人と出会ったけど、やっぱりあなたが一番だったわ」
「俺は、弁護士でも東大卒でもないぞ」
「とにかく、あなたと離婚した私の愚かさに、やっと気付いたのよ」
「気付いたって、しょうがないんじゃないか」
「できたら、ヨリを戻したいのよ。あなたと再出発したいのよ」
由美は真剣な眼差しで藤木を見つめていた。
「ヨリか。しかしな、俺にはアメリカ人の恋人と中国人の愛人がいるんだ」
藤木はスマホの画面にアメリア・ミラーと陳依依の写真を表示させた。
「へぇ、そうなの。でも結婚はしていないのね」
「あぁ、そうだが」
藤木は妻と愛人と言えば良かったかと感じていた。
「私は結構腕利きの弁護士を知っているから、今後会社が大きくなるにあたって、何かと役に立てると思うけど」
「弁護士と再婚はしなかったのか」
「あら、何か勘違いしているみたいだけど、そんな気はサラサラないのよ」
由美は大したことないといった雰囲気で言っていた。
「この後、ミーティングがあるから、この辺で終りにしたいんだが。とにかく慰謝料の件がクリアになって良かったよ」
藤木はソファから立ち上がった。
「私もそれが言いたくて、何度も足を運んだのよ。もう居留守は使わなく良いのよ。それじゃまた」
由美も立ち上がった。藤木はさっと身をひるがえし、応接室から出て行った。

  「あいつ、俺がカネづるになると思って、ヨリを戻そうってさ。ずうずうしい奴だ」
CEO席に戻った藤木。
「藤木、とにかく慰謝料は払わなくて済んで良かったな」
田中はなだめるように言っていた。
「そんな口約束、いつ反故にされるかあやしいもんだ」
「そう、いきり立つなよ。なんでもポジティブに捉えるんじゃなかったのか」
「ま、そうだが…。ところでアラビア語バージョンの翻訳アプリはできたのか」
「藤木、そっち沢尻に任せておけよ」
「あ、そうだったな。あいつのことだ上手くやっているだろう。八丈島の発射施設の第一次拡張工事は進んでいるのか」
「ほぼ順調だが、宇宙船のドッキングポートの件で四苦八苦しているようだぜ」
「まぁ何とかなるだろう。よーし、第二次拡張工事が終わったら、あそこから月に行けるはずだからな」
藤木の目は輝いていた。

 ルナ・ロジスティックス社が設立されて3年後。月到達プロジェクトの方は4割程度形が見えてきた。しかし既に投資されている額が1兆5000億円を越えていた。
 「おい、藤木、妙な書き込みがあるぞ」
「書き込みだと」
藤木は、田中のデスクのモニターを見た。
『「月を私物化するベンチャー起業家」「翻訳アプリで儲けたカネで月を奪い取るつもりか」「国際宇宙開発の
妨げ」「藤木死ね」「IT長者のおごり」「トンデモな宇宙開発は止めろ」「アプリ不買運動をしよう」…』などと書き込まれていた。
「なんだこれ。月の資源の開発と銘打っているが、所有に関してはまだ一般には言ってないだろう」
藤木は画面をじーっと見ていた。
 階段を駆け昇って来る音がして、沢尻が飛び込んできた。
「先輩。これ見ました」
沢尻は週刊誌を手にしていた。
『「欲望の男、失墜」「月を私物化する悪だくみを社員が内部告発」』と週刊誌の見出しにあった。
「誰だ。見せてくれ」
藤木は沢尻から手渡された週刊誌のページをめくっていた。
「旧アストロランナーの社員、F氏による内部告発とあるな。F氏とは八丈島にいた深谷か」
藤木はすぐにデスクにある固定電話で岩田薫ロケット統括マネージャーに電話した。

 「私も週刊誌を見て驚きました。まさかあの深谷君が告発するとは」
「どうして、そんなことを週刊誌に言おうとしたんですかね」
「全然、普通にしていましたから、わかりませんでした。それにここ2日は現場にもこちらにも出社していないのです」
「カネでつられたのですかね」
「お父様は市長をなさっているし、地元の名士でお金もありますから」
「どこの市長ですか」
「東高槻市だったと思います」
「東高槻市ですか」
藤木は田中に聞こえるように復唱していた。田中はキーボードを素早く叩く。
「藤木、深谷哲一だろ。望国民主党の推薦を受けて市長になっている」
デスクのパソコンで調べた田中が声を張り上げていた。
「岩田さん、私は何かと望国民主党といわく因縁がありまして、仕返しされた感があります」
「それで宇宙開発の方は大丈夫ですか」
「とにかく、何とかしますから、計画に支障はでません。大船に乗った気持ちでいてください」
藤木は受話器を置いた。
 「釈明動画でも作りますか」
そばにいた沢尻は心配そうにしていた。
「大事にする必要はないだろう。大したことではないということにして、ツイッターにコメントでも出すか」
藤木は、さほど気にしてない感じであった。

 『きわめて真面目な社員が間に受けて、告発のようなことをしていますが、月の権利書はジョークの範疇です。壮大な夢のようなことは言ったかも知れませんが実際は非現実的です。』
田中は藤木が書いたツイッターを読んでいた。
「藤木、こんな対応で大丈夫か」
「実際に月に行っているわけでもないし、言った言わないでは何の罪にも問えないだろう」
「それもそうだな」

 週刊誌の記事が出て2週間も経つと、IT長者の世迷言として世間の興味は薄れて行った。
「今日は、月を周回して戻ってくる無人探査機の打ち上げだな」
藤木はルナ・ロジスティックスの会議室にある大型モニターを見ていた。大型モニターには、八丈島の打ち上げ場の映像が中継されていた。
「よくここまで来たな。これが、いずれ有人になるのだよな」
田中も画面に釘付けになっていた。沢尻は、スワヒリ語バージョン・アプリのプログラミング監修に忙しく、沢尻コミュ研に詰めたままであった。
 「…5・4・3・2・1、メインエンジンスタート」
モニターからオペレーターの中継音声が聞えて来ていた。打ち上げ塔では細身のロケットが浮き上がり始めた。ロケットエンジンが打ち上げ塔の最上部に達した時、ロケットが少し傾き上昇速度が落ちた。その次の瞬間大爆発して、打ち上げ塔もろとも火だるまになり吹き飛んだ。
 藤木はあ然として、言葉もなく画面を見ていた。
「なんだよ」
田中が思わず叫んでいた。
「あぁ、1000億円がパーか。いや、もっとかもしれない。こりゃとんだ高価な花火だぜ」
藤木は無理して笑おうとしていたが、顔はこわばっていた。
 煙と炎が晴れると打ち上げ場は焦げた鉄くずなどが散乱する焼け野原になっていた。
「おいチーフ、犠牲者はいないよな」
藤木はスマホを耳に当てていた。
「はい。幸いなことに犠牲者は一人もいませんが、打ち上げ場が壊滅です」
現場のチーフスタッフは震えた声でが答えていた。
「復旧にはどれくらいかかりそうだ」
「全く見当もつきませんが、一年やそこらはかかりそうです」
「そうか」
藤木はがっくりと肩を落としていた。

 その夜、藤木の行きつけのバーに由美が来ていた。
「なんか、いろいろと大変そうね。力になれることってあるかしら」
「ロケット打ち上げ失敗じゃ、弁護士の出番はないだろう。今日はなんでここに」
「元妻として、気になったから」
「週刊誌の方は収まったと思ったら、このざまだ。全くツイてないな。さすがの俺も落ち込んだよ」
「アメリカ人の恋人には報告したの」
「もちろん、したけど、非常に残念がっていた」
「久々に飲み明かさない」
「…割り勘でな」
「むしろ私が払うわよ」
「いや、これはきっちりとしよう」
藤木は手にしていたグラスで由美と乾杯していた。

 数日後、暗い表情でルナ・ロジスティックスのCEO席に座る藤木。
「藤木、自明党の後藤田義文から来たメール見たか」
「えぇ、与党の大物の後藤田だろう」
「会いたいってさ」
「なんだろうな」
藤木は、デスクのPCでメールをチェックを始めた。
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