第10話 アメリカ横断

文字数 4,632文字

●10.アメリカ横断
 藤木たちは、スターバックスに5時間程入り浸っていた。
「藤木、さっきあんな芝居して、よくバレなかったな」
「あぁ、あれか。あぁでもしないと洪を探し出す時間稼ぎが出来ないからな」
「相変わらずだな」
「ところでお前の方は、洪の手がかりが見つかったか」
藤木が言っていても、タブレットPCの画面を見たままであった。
「おい、藤木、あったぞ。サンフランシスコに洪グループのドローンメーカーの支店があった」
「そうか。電話番号とメルアドはあるか」
「これだ」
田中は画面を見せた。さっそく藤木はそこに電話してみるが、現在使われてないといったメッセージが流れ、メールの方は送れなかった。
「現場に行ってみるか。近所の人に聞き込みすれば、何かわかるかもしれない」
藤木は、ロスからサンフランシスコ間のバス便がどこから出ているかスマホで検索していた。

 ロサンゼルス・サンフランシスコ間の約600キロを夜行バスで移動した藤木たち。サンフランシスコの中心から少し外れた所にある洪グループのドローンメーカーの支店にたどり着いた。
 支店のショーウィンドウには『FOR RENT』ステッカーが貼られていた。隣の店も空きで、その隣にピザ屋があった。
「チェーン店でない地元のピザ屋なら、何か知っているかもしれない」
藤木はアプリをオンにして歩き出した。
「古そうだな」
田中は汚れた看板を見上げていた。

 「隣の隣のドローンメーカーはどこに行ったか知りませんか」
藤木は店内を見回していた。
「あっ、中国のやつか」
ピザ屋の主は、忙しそうにピザを焼いていた。
「そうです」
「あんたら中国人か」
「いえ、日本人ですけど」
「メガネは掛けてないのか」
ピザ屋の主はぶっきら棒であった。ここでようやく、藤木の胸のポケットに注目していた。
「便利なもの、持ってるな」
「それで、どこに行ったか…」
「なんだかわからないけど、ニュージャージーに行くとか言って、それっきりだ」
「そうですか。ニュージャージーのどこかわかりますか」
「そんなもの、わからない。ドローンを買いたかったら、アメリカ製のも良いぞ」
「…何といってもアメリカ製はカラーリングが優れているし、デザインが良いですからね」
藤木は調子を合わせていた。
「そうだよ、わかってるじゃないか」
「バッテリーが長持ちだし、性能だってバッチリじゃないですか」
「だろう。ピザ食べて行くか」
「いいんですか」
「ちょっと焼きムラがあるけど、良かったら食っていきな」
「それじゃ、遠慮なく」
藤木はニヤニヤしながら田中の方を見た。藤木たちは、焼き立てのピザを頬張っていた。

 藤木たちはフランクリン・スクエア近くのマクドナルドにいた。
「そうか。このボタンを押せば、いちいち切り替えなくても電話でアプリが使えたのか」
藤木はスマホの画面を見てから耳に当てていた。
 何回か掛け直した後に、やっとミラーに通じた。藤木は洪がニュージャージーにいることを告げていた。
「藤木、どうだ」
田中は電話中の藤木に呼びかけていた。
「それで、ニュージャージーに行けば、わかると思うんだが」
藤木は田中の顔が見えない方に向いて電話をした。
「州の中では狭い方だけど、それだけじゃ探すの大変よ」
「主要な都市にいるんじゃないかな」
「…わかったわ。それじゃ、明朝8時にパロ・アルト空港で会いましょう。私がセスナで迎えに行くから」
「え、セスナって持っているの」
「父のセスナを借りるのよ」
「さすがにアメリカは違うなぁ、それじゃお待ちしています」
藤木は電話を切った。
「藤木、セスナって言ったよな。シスコからニュージャージーまで約4120キロだぞ」
「時間はかかるが、運賃は取らないだろう」
藤木はケロッとしていた。

 藤木たちは昨晩のうちにパロ・アルト空港に来ていた。その駐機場の中で鍵の掛かっていない小型機を見つけ、一泊していた。
 朝日を浴びて目をこする藤木。田中は既に起きていて、空を見上げていた。
「藤木、起きたか。まだそれらしい飛行機は降りてこないぞ」
「まだ、後1時間はあるからな」
藤木は飛行機の中の時計を見ていた。
「おい、空港の係員がこちらに来るぞ」
田中は、小声で言っていた。
「面倒にならないうちに、ズラかるか」
藤木は飛行機からそっと出てきた。
 藤木たちは駐機している飛行機の影にかくれながら、一旦空港の敷地の外に出た。30分ぐらい空港の周辺を歩
いて戻ってくると、空港の待合室の売店がオープンした。藤木たちは、そこでスナック菓子を買って朝食代わりとしていた。
 待合室の時計が午前8時ちょうどをさした。
「藤木、あの飛行機から降りて来る女、ミラーさんじゃないか」
田中の視線の先には、スカーフを被り、サングラスをした女性がこっちに向かってきていた。
「アメリカ人にしては珍しいな。時間ピッタリじゃないか」
藤木は、スカーフの女性に手を振っていた。
「そういう性格なんだろう。俺、ちょっとトイレに行ってくる。飛んだら、そうそう降りられないだろう」
田中は、急いでトイレに向かった

 新しいとは言えないセスナ機だが、整備はちゃんとしている感じであった。操縦席にミラー、副操縦席に藤木、後部座席に田中が座った。セスナは、滑走路の端で一旦停止、離陸許可を待った。
 無線から英語で何か言っているのが聞こえた。
「それじゃ、行くわね」
ミラーの声はスマホがしっかりと翻訳していた。エンジン音が高鳴り、プロペラの回転数が上がるとセスナは前
に進み始めた。滑走路を少し進むと機体はふわりと浮き上がった。ミラーが操縦かんを引くと、どんどん高度が上がって行った。ある程度上昇して、水平飛行に入るとエンジン音は若干静かになった。
 「ミラーさん、飛行機の免許はいつ取ったんです」
藤木は正面の空を見ながら言っていた。
「16の時だけど」
「そう。俺も操縦してみたい気持ちはあったんだけど、日本じゃ、免許の取得にカネがかかるから」
「日本じゃ、別に飛行機がなくても、不便なことはないでしょう」
「そうですね。ちなみにせっかくの機会だから、操縦してみたいな。副操縦席の操縦かんも使えるんでしょう」
藤木は操縦かんを握ったりしていた。
「そうね。気流も安定しているし、ちょっとだけやってみる」
ミラーは、操縦席の側にあるスイッチをいじっていた。
「どうぞ」
「え、もうできるんですか」
藤木は慌てて、操縦かんを握り直していた。
「これを手前に引くと」
藤木が操縦かんを引くと急にセスナは上昇し始めた。藤木は、すぐに操縦かんを前に倒す。するとセスナは急降下し始めた。ミラーはニヤニヤし始めた。しかし田中は不安そうな顔をしていた。
「藤木、そーっと動かせ」
田中が言ったので、ちょっと振り向きかける藤木。
「なんだよ。大丈夫だって」
藤木は、操縦かんに手をかけたまま振り向いたので、セスナは大きく旋回し始めた。
「おい、前を見て操縦しろ」
田中が言うと、ミラーは大笑いしていた。
「何か楽しそうなフライトになるわね」
「これは面白い。ミラーさんが疲れたら、俺が操縦しますから安心してください」
藤木は、そういうものの、操縦かんは汗で濡れていた。
「あの先は、気流が乱れているようだから、私がやります」
ミラーは手早くスイッチを操作していた。

 ミラーは操縦を自動モードにしていたが、眠ることなく、ラップや全米トップ20チャートの曲などを聞いていた。ミラーはラップの曲などを口ずさんでいた。
「ミラーさん、このラップどこかで聞いたことがある」
藤木が言うと、ミラーは意外という顔をしていた。
「最近、人気急上昇中のSPOウィリアムスよ。本当に知っているの」
「SPOでしょう。マブダチです。一緒MVなんか撮っちゃってる仲ですから」
「マジ。凄くない。最高クールね」
ミラーの英語は語調に合わせて訳語が選ばれていた。
「新曲のMVにゾンビ役で俺と田中は出演してます」
「そう。超絶クールじゃない。サインとかもらえるの」
「あぁ、彼も忙しいようだから、時間がかかるかもしれないけど、頼んでみますよ」
「それで、どうして知り合ったの」
「俺ももともと日本で注目していたから、会いに行ったら、意気投合しちゃって」
藤木は自慢げに言っていた。
「藤木、たまたまエキストラに参加しただけだろう」
田中が後部座席から言ってきたが、その声をスマホは拾っていなかった。
「田中さんが、何か言っているけど」
「あぁ、会えるとは思ってなかったので、マジ、ビビッてましたってことです」
「そう、藤木さんたちとは話が合いそうね」
ミラーはまたラップを口ずさみ始めた。
 「あのぉ、」
田中が申し訳なさそうに言い出す。
「どうした。タブレットPCのゲームがクリアできなかったか」
「藤木、トイレが行きたくなった」
「この辺は、だだっ広い荒野たけで、トイレなんかないぞ」
藤木は下界を見下ろしていた。
「頼む、ミラーさんに降りるように言ってくれ」
「かなり、切羽詰まっているようだな。わかった」
藤木はミラーに向き直った。
「ミラーさん、田中が、トイレに行きたがっているので、着陸してくれませんか」
「え、携帯用の簡易トイレもないしね。この辺だと空港もないし、わかったわ」
ミラーは自動操縦を解除し、操縦かんを前に倒し、セスナを降下させた。
「ミラーさん、まさか。この直線道路に」
「降りるつもりよ。田舎の一本道だから対向車もないでしょう」
ミラーは、それほど躊躇することもなく、道路にセスナを着陸させた。

 広々とした荒れ地に伸びる真っ直ぐな舗装道路。周りには何もなかった。田中は一人荒れ地に立っていた。
「俺もしておきますよ」
「それじゃ、あたしも。見ないでね」
ミラーが言うので、慌ててうなずく藤木。
 荒野の真ん中の田舎道で、小休止を取った藤木たち。再び離陸し、給油地となるカンザスシティの空港を目指した。
 カンザスシティの空港では、給油中に食べ物や飲み物を買ったり、体操をしたりしていた。一通り用事を済ませるとセスナは離陸した。
 しばらく進むと周囲がだんだん暗くなり、早めに計器による飛行になった。
「後6時間程でニュージャージーの空港に着くわ」
「夜中の0時ぐらいか」
藤木は操縦し続けているミラーのタフさに驚いていた。

 セスナのフロントガラスの先には、明るい街の光が見え始めた。ニューヨークや隣のニューアークなどの街の光が一面に広がっていた。
「ニュージャージー州ニューアークは、東京都の隣の埼玉県さいたま市みたいな感じかしら」
ミラーがぼそりと言った。
「ミラーさん、埼玉なんて知っているの」
「埼玉アリーナで、SPOが初来日コンサートをやるかもしれないというから、調べたことがあるのよ」
「なるほどね。ニューヨークが東京ということでしょう。言い当てているかもな」
「でもねニューアーク国際空港ではなく、南に40キロ程行ったプリンストン空港に降りるの。駐機場代が安いから」
「飛行機だと40キロぐらいあっと間だけど、車で移動したらちょっと距離あるよな」
「まあ、とにかく降りたら、爆睡するわ」
ミラーは操縦かんを握り直していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み