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文字数 1,813文字

 窪木先生に教えてもらった、図書室に置いてある小説で、好意を寄せ合う高校生の男女が二人きりで帰るシーンがある。夕方の河川敷を自転車を押しながら歩くなんて、まさに青春だ。高さの違う影が並んで伸び、時間を堪能するように、会話も歩調もゆっくり。互いの視線がぶつかることはなかなかなくて、そのもどかしさが若さだと思っていた。
 金曜日の僕は、そういうのを夢見ていたのに。
「聞いて平子」
「手短に」
「竹邉が一緒に帰ってくれなかった」
「どういう風の吹き回し?」
 ミノリンが部活の用事があるため、二人で教室で過ごしていた昼休み。竹邉が中庭で稲葉さんと塩沢さんといるのを確認してから、パンを片手にクロスワードを解いている平子に打ち明ける。すると珍しくキョトンとした顔を見せたから、僕は金曜日のことを話す。
「土日ずっと考えたけど、答えが出なくて」
「暇だねえ」
「元々は兄貴のせいだよ。森久保さんのこと彼女だって勘違いして騒ぐから」
「あー、聞く耳持ってなさそうだもんね、高村のお兄さん」
「失礼だな。確かにそうだけど」
 一年生のときから僕の家によく遊びに来る平子は、兄貴とも面識があるし、あるどころか何故か妙に馬が合う。ゴールデンウイークに平子がうちへ遊びに来たときも、僕そっちのけでテトリスで白熱の試合を繰り広げていた。
「……犯人がわからず事件が解決しないこと」
「え?」
 平子はクロスワードの雑誌をペンで指す。
「迷宮入り、ってことでさ。過ぎたことは忘れなよ」
 笑窪を作りながら平子は言った。僕と竹邉が一緒に帰れなかったことを、どうでもいいというのか? 一日を通して僕に話しかけない竹邉を心配していたくせに。僕は机に伏して項垂れる。これがミノリンだったらもう少し親身になってくれただろうに。
 改めて竹邉が一緒に帰ってくれなかった理由を考えながら、平子がクロスワードを解くのをぼんやり眺めていると、
「高村、ちょっといいか」
 少しざらっとした声に振り向けば、塩沢さんが扉にもたれて僕を見ていた。竹邉の幼馴染で、ミノリンのクラスメートの塩沢さん……あれ、竹邉と一緒に中庭にいたのになんでここにいるんだろう。まさか今の会話を聞かれていたんじゃないかと焦る。
 動揺する僕を無視して、塩沢さんは目の前にやって来た。
「な、なんでしょう」
「放課後、中庭に来て」
 驚くほど抑揚のない、冷めた声色と態度で告げられた。向けられた視線はとても鋭く、僕の身体は間違いなく滅多刺しになっている。これは、僕と塩沢さんのファーストコンタクトのはずだ。なのに、塩沢さんの醸し出す雰囲気は、必要以上に会話をしたくない人の態度そのもの。むしろ面倒くさがっている節すらある。
 そんな塩沢さんが、放課後に、喋ったことのない僕に、一体なんの用が?
「返事は」
「あ、はい!」
 思わず勢いよく首を縦に振る。すると塩沢さんは僕をじっと見て、「じゃあね」と小さく言って教室を出て行った。本当に、一体なんだったのだろう。
「高村って塩沢と接点あった?」
「ないない。むしろ今の初めての会話だよ」
「初めての会話であんな冷たいって、嫌われてんじゃない?」
 平子は豪快に笑う。嫌われてなけりゃ好かれてもないな、と駄目押ししてくる。笑い過ぎて腹が痛いと騒いでいる。どうして今日に限ってミノリンは用事があるんだよ。
 平子の笑い声を背に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。しばらくして竹邉が戻ってきた。心なしか嬉しそうな表情をしている。
「高村くん、よかったらこれどうぞ」
 竹邉が平べったいなにかを差し出してきた。素直に受け取るとそれは栞だった。クリーム色の画用紙に、水色のドライフラワーが貼られ、ラミネート加工がされている。
「写真部の皆さんに謝ってきました。そのお詫びで栞を作りまして」
 どうやら金曜日の迷惑を竹邉なりに反省したらしい。心優しい森久保さんは竹邉の無礼を許してくれたようで、加藤君と大塚先輩も笑って受け入れてくれたという。それでも竹邉的には納得がいかなかったらしく、森久保さんに栞を作りプレゼントしたわけだ。そういえば竹邉の趣味は栞を作ることだったっけ。
「ありがとう。大事にする」
 といっても僕は読書が一番の趣味というわけではない。でもこの栞はなんだか特別だ。竹邉からの初めてのプレゼントだからだろうか……え、今の僕すっごい気持ち悪いな。
 きしょい顔してるぞ、と言ってくる平子を無視し、栞を財布にしまった。
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