(3)とある秋の話

文字数 1,893文字

「食欲に決まってますよね、平子デカ!?」
「いいや、平子は読書だと思うよね!?」
 と、同時に俺を見てくる高村と竹邉ちゃん。
「俺挟んで喧嘩するのやめてくんない?」
 朝から続いているこのやり取りに、思わずため息が漏れる。
「どしたの平子、幸せ逃げるぞ」
 突然現れた塩沢が、文字通り天使に見えた。幸せがすんごいスピードで帰ってきた。これにはハッピーターンも敵いっこない。
「小糸ちゃんはどっちですか、食欲と読書!」
「なんの話?」
「秋といえばなに? って話」
「くだらねえ〜」
 塩沢は鼻で笑う。これが正しい反応だ。
 そう、このバカップル、朝から「秋といえばなにか」という一点で争っている。竹邉ちゃんは食欲の秋を、高村は読書の秋を推している。あれ、高村って新しい○○の秋を考えたいとか言ってなかった? 読書の秋ってメジャーすぎでしょ。新鮮味の欠片もない。
 この話題に全く興味のない俺は、横で繰り広げられるこの喧嘩をBGMに、クロスワードを楽しんでいた。イヌモクワナイ、って書くとこがあって不覚にも笑った。これくらいくだらねえ喧嘩なら犬も逆に興味もつんじゃない?
 しかし、決着のつかないこの論争に俺が巻き込まれるのは、まあ、読めてはいた。二人は俺を味方につけるべく、それぞれが推す秋のアピールポイントをプレゼンしてくる。はあ、なんで席替えないんだろ。俺じゃなくてミノリンに聞いてきなよ。運動の秋っていう新しい秋が出てきて三つ巴になって共倒れしてくれ。
「塩沢さん的には秋といえばなに?」
 高村が尋ねる。んー、と塩沢は悩む素振りを見せながら、俺の机に腰かけた。目の前に塩沢の腰、ふわっと香る柔軟剤の匂い。俺は背もたれにだるんと体を任せ、さりげなく塩沢と距離をとった。
 塩沢は悪質なのだ。俺のことをなんとも思っていないから、俺の心臓をゾクッと撫で上げることを平気でしてくる。
「秋は秋だろ」
「小糸ちゃんは昔からイベントごとに興味ない ですもんね」
「秋はイベントじゃねえわ」
「じゃあ塩沢さんは秋になにするの?」
「いつも通り過ごすよ」
「ええ、そんなのつまらないよ」
「じゃあ読書の秋推進派の高村は、 秋は読書しかしないわけ?」
 極論ともいえる塩沢の暴論に、高村はもちろん竹邉ちゃんまで黙り込む。このバカ二人を簡単に抑え込むとかすげえ。さっき犬も食わないとか言ったけど、 竹邉ちゃんと高村こそ犬みてえだ。
「平子は? 秋といえば?」
 塩沢は平然とした態度で聞いてくる。自分はなにもないって言ってたのに。俺だって秋は秋派なんですけど。
「俺も塩沢と一緒」
「つまんねえの」
「さっきと言ってること違くねえ?」
 秋は秋派がつまんねえと一蹴された。そして塩沢はブレザーのポケットからスマホを取り出し、何事もなかったかのようにいじり始める。スマホに負けるくらいつまらなかったのかよ。釈然としねえ。
 バカップルに続き俺も静かになってしまう。新しくて、なおかつ塩沢が笑ってくれそうな秋を必死で考える。
 ダメだ、でてこねえ。面白い○○の秋ってなくねえか。
「あんた今日暇?」
「暇だけど、なんで?」
「映画見に行かない?」
 話を聞けば、いつも塩沢が行く小さな映画館では、 旧作上映が豊富なのが魅力らしい。そして今週から塩沢が見たいと思っていた作品が放映されているという。
 その映画館を知る竹邉ちゃんが情報を追加した。その映画館では、毎月十七日はカップル割引なるものが使えるらしい。今日ならその割引が使えるってわけだ。
「……ん? カップルワリビキ?」
「うん。五百円も安くなるの得じゃん」
 これ見たくてさ、とスマホの画面が向けられる。メカっぽいサメが描かれたポスター。なにこの映画、見るからにB級でウケる。
 じゃなくて、俺と塩沢がカップル割引使って映画見るってこと? カップルじゃねえのにその割引使えんのかよ。
 じゃなくて、 二人で映画見に行く流れになってんだけど。俺って塩沢と映画見に行ってもいいの? その権利あんの? ダメだ、 頭が混乱してる。
 いくらなんでも悪質すぎるだろ。俺のことを友達だと思ってくれてんのは嬉しいけど、納得はしたくねえ。映画見に行くってだけでこんな緊張してんの、俺だけかと思うと悔しいじゃんか。
「暇なら決定だわ。放課後、昇降口で集合ね」
 昇降口で集合って。待ち合わせ場所指定すんなよ。デートみてえじゃん。え、デートみてえじゃん!? 勘弁してくれよ。
「……まじで映画行くの」
「なに、嫌?」
「嫌ってわけじゃねえけど」
 嫌なわけねえだろ。
「なら楽しもうよ、芸術の秋」
 イタズラっ子みたいな笑顔されたら、俺もう頷くしかないじゃん。
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